ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。

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おっ→台無し、おっ→台無し、おっ→台無しを何回か繰り返し、2時間ほど経った頃、ようやく納得のいく文字を書くことができた。


書いた手紙を写真にとり、問題がないか依頼者に送る。


達成感と、ごく短い文章にここまで時間をかけなくてはならない自身の筆力に対する敗北感とに苛まされていると、依頼者からメールが送られてきた。


手紙の作成ありがとうございました。問題ありません。


肩の力がどっと抜けた。

そして、今までに感じたことのない感覚が身を包んだ。


「会社でもなければ、他の誰でもない。これは、100%小林慎太郎個人でやり遂げた仕事だ」


人が考えた文面を文字にしただけれど、誇らしかった。



■「離婚をなかったことにしてほしい」


はじめての仕事から2週間ほどが経過をした頃、今度は「就職・転職対策」のお仕事が舞い込んできた。

さては、口コミで広がりつつあるな、と安易な空想に鼻息を荒くした。


「就職・転職対策」の依頼は初めてのことで、特に場所など想定をしていなかったのだが、とりあえず渋谷にある喫茶店で就職活動を控えた学生さんと話をした。

就職活動の進め方、面接対策、緊張をしないための心構えなど、色々と話をした。


そしてお会計。2人で1,400円。


さすがに、学生さんにお金を出させるわけにはいかないと思い、僕が会計をする。

「就職・転職対策」は1,500円なので、収支としては100円。電車賃を入れたらマイナス。


帰りの電車に揺られながら、お金のためにやっているのではない、お金のためにやっているのではない、と念じるように自分に言い聞かせていると、メールが届いた。自社サイトからの依頼。

急いでメールを開くと、ラブレター代筆の依頼だった。



渋谷のモヤイ像の前で、僕はそわそわと周りを見回していた。

初受注の依頼者に関しては遠方であったためメールでのやり取りで完結をしたが、ラブレターを書くにあたっては、直接お会いして詳しい話を聞きたいと思っていた。そして、今回の依頼者は東京在住であったため、直接お話を聞くことになったのだ。


土曜日の昼間。渋谷。モヤイ像。彼氏・彼女を待つ若者たちに紛れ、僕は48歳のおじ様の到着を待っていた。自分の目の前を人が通過するたびに、この人か??とドキリとする。相手は男性のはずなのに、見知らぬ女性がこちらに向かってくると、もしやこの人か??とやはりドキリとする。


ドキリとし過ぎて疲労感を覚えた頃、「小林さんですか?」と横から声をかけられた。

声の方に顔を向けると、まさしく48歳くらいの恰幅のよい男性が立っていた。深い緑のセーターにチノパン。遅刻をしまいと走ってきたのか、少し額に汗をかいている。


「このたびはご依頼を頂きありがとうございます」

内心は緊張をしながらも、わりと落ち着いた声で僕は挨拶をすると、近くの喫茶店へと男性をうながした。



「お住まいはどちらですか?」

「渋谷まではどのくらいかかりました?」

「お仕事はどういったことをされてるんですか?」

「どうやって弊社のことをお知りになられたのですか?」

「ラブレター代筆って怪しくなかったですか?」


緊張を隠すように色々と質問を投げかける僕に、男性は丁寧に返答をしてくれた。

ひとつひとつ、かみ締めるようにゆっくりと言葉を紡ぐのが印象的だった。


10分ほど他愛もないやり取りをし、注文をしたコーヒーが届いた頃、僕は本題を切り出した。


「ご依頼の詳細を聞かせて頂けますか?」


メールでのやり取りの中では「詳細は直接会ってから話します」としか聞いていなかった。だから、僕は男性がラブレターを送りたい相手、相手への想いなど、この時点では何も把握をしていなかった。


「お恥ずかしい話、3ヶ月ほど前に離婚をしたんです」


そうつぶやくと、男性はコーヒーへと口をつける。

ん?・・・。僕は胸騒ぎがした。何だか嫌な予感がする。


「僕が甲斐性がなかったんでしょうね・・・。それ以来、メールをしてもLINEをしても電話をしてもまったくつながらないんです。まあ、離婚をしたのだから当たり前かもしれませんけど」


僕の言葉を待つことなく、男性は話し続ける。


「でもね、離婚をしたからといって想いが断ち切れるかというと、そんな単純なものではないんですよ。自分から別れを切り出したのならまだしも、別れを告げられた側だからなおさらです。僕は絶対に離婚はしたくなかったんです」


男性は顔を上げ僕の目をまっすぐに見ると、


「メールもLINEも駄目なら、手紙しかないと思って、デンシンワークスさん、小林さんに依頼をすることにしたんです!離婚をなかったことにしてほしいんです」


あぁ、やはりそう来たか。そう来ますよね。

僕は男性の視線を避けるように、コーヒーに口をつけた。


僕の経験上、ラブレターが効果的に機能するのは、ラブレターを受け取る側から送り主への想いが30%~40%くらいはあること、が前提だと思っている。つまり、今回の場合、離婚をした奥様から依頼主への想いが30%~40%くらいはないと成立しない。

そのくらいの割合以上想いがあれば、「ラブレターなんて素敵!」となるのだが、それよりも割合が下だと「ラブレターって・・・重い!」と受け取られてしまうと思う。


そして、今回お話を聞く限りだと、お相手から依頼主への想いは30%は絶対にない、と感じた。

別に、上手くいきそうな依頼だけを受けるつもりは毛頭ないが、「重い!本当にイヤ」と思われてしまうと、お子さんに会うことを禁止されたりしてしまうのでは・・・と、それが心配だった。


そして、これもまた僕の経験上の話だが、一度心が離れてしまった女性の心が再び戻ることはないと思っている。一度離れた男性の心が戻る可能性はあるが、女性はない。絶対ない。


ただ、それをそのまま伝えるわけにもいかず、「なるほどなるほど」と、とりあえず相槌を僕は打った。


「10歳以上も年下の方にみっともない姿を見せてしまっていますが、恥も外聞もないんです。手紙だけが頼りなんです」


自分より10歳以上も年上の男性に頭を下げられ、無下に断ることもできなかった僕は、

「なるほど。お気持ちはよくわかりました。うんうん・・・、そうですね、まあ、うん、そうですね。結果は保証しかねますが、結果はどうなるかはわかりませんが、結果は何ともですが・・・、是非書かせてください」

と歯切れ悪く承諾をした。


深々と頭を下げる男性と別れると、「どうしよう・・・」と僕は頭を悩ませた。

何をどう書いていいか、まったくわからなかった。



とりあえず、想いを100%の直球でぶつけるのはよそう。絶対にひかれてしまい、復縁の可能性が0になる。かといって、想いを伝えなければ状況は発展しないしな・・・。あえて何も書かずに白紙の手紙を送るとか?いや、それは絶対にやめた方がいい。無言電話より性質が悪い。ちょっと濁す感じで詩を送る?いやいや、それこそひかれるな。


最初のラブレター案件と同じく、僕はマクドナルドの2階で頭を悩ませていた。ラブレターの方向性が定まらない。コーヒーを何杯飲んでも定まらない。ポテトを何本食べても定まらない。


2時間ほど考えたり、たまに本を読んだり、音楽を聴いたりしながら過ごした後、僕は一つの結論へとたどり着いた。


想いを伝えるのはやめよう。

その代わりに、奥様と過ごした時間のことを色々と書き連ねることにした。


休みの日はいつも近くのスーパーへと買い物に行くのが習慣だったこと、2人でバラエティ番組を観ては大声で笑っていたこと、4回目の告白でやっと奥様と付き合えることになったこと、奥様への初めてのプレゼントは指輪だったが、サイズが合わず奥様が怒って帰ってしまったこと。とにかく、依頼主から聞いた思い出を綴った。


昔の音楽を聴くと、その頃の出来事や思いが甦るように、昔の思い出を書くことで、愛し合っていた当時の想いが甦ることを期待したのだ。


即効性はないかもしれないが、じわじわと効果があるのではないかと思った。

僕は、祈るようにして文面を依頼主にメールで送った。数時間後、返信が来た。


ちょっと物足りないです。僕の気持ちはこんなものではありません。


依頼主の奥様への想いの強さは感じていたので、こういう反応が来ることは想像できた。

しかしながら、僕としては強く想いを伝えたら逆効果だという確信があったため、その旨を角が立たないように、やんわりと、丁寧に返信をした。


依頼主の要望通りに書くことは容易いが、それをそのまま受け入れるのは無責任だと思った。

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