ラブレターを代筆する日々を過ごす「僕」と、依頼をするどこかの「誰か」の話。

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ラブレターの目的は書くことではなく、想いを成就させることだと思っている。


先ほどは依頼主からすぐ返信が来たが、僕の返信に対しては1時間経っても2時間経っても来なかった。


結局、1週間経っても、1ヶ月経っても、返信は来なかった。

僕の返信に気を悪くされてしまったのか、もしくは、「こいつは駄目だ」と見限られたのかもしれない。


ここまで2件のラブレター代筆の依頼を受け、自分が想定していたのとはまったく異なるな、と痛感していた。そもそも依頼が来るとは思っていなかったし、来たとしても、高校生や大学生が軽いノリで依頼をしてくる程度だと思っていた。


でも、違った。2件とも本気だった。真剣だった。

これは生半可な気持ちではできないな、と思った。



■「結婚をする彼女へサプライズを」


2件目のラブレター代筆を依頼を受けた後、ぱらぱらとそれ以外の「就職・転職対策」や「プレゼンテーション指導」のお仕事を受けながら、本業とあわせてそれなりに忙しい日々を過ごしていた。


そんなある日、3件目のラブレター代筆の依頼が舞い込んだ。


今度結婚をすることになっています。それを機に、今までの彼女との時間を振り返ってみると、僕は彼女に特別なことを何もしていないことに気づきました。どこか特別な場所に連れて行ったこともなければ、特別なプレゼントをしたこともありません。でも、彼女は僕に色々としてくれます。

結婚をする前に、彼女に感謝の言葉を記したラブレターを送ってあげたいと思います。言葉でもあまり気持ちを伝えたことがないので、きっと彼女は喜んでくれると思います。結婚をする彼女へサプライズをしてあげたいのです。


そんなような内容のメールだった。僕は思わず笑顔になった。読んでいるだけで幸せになる内容だったし、前回のラブレター代筆は不完全な終わり方をしてしまったが、今度は確実に大丈夫だと思った。

結婚。サプライズ。この2つの要素が揃っていれば、それこそ空白の手紙でも大丈夫だと思う。


前回に続き、今回の依頼主も東京在住だっため、直接お会いして話を聞くことになった。


20代後半。メールの文面から感じていた通り、礼儀正しく、爽やかな男性だった。質問を投げかける僕に、彼女との思い出や今後の人生設計を嬉しそうに語り続ける。小学校の同級生で、社会人になってからたまたま再会をする機会があり、それをきっかけに付き合い始めたこと。依頼主は犬、彼女は猫が好きなので、結婚したら犬と猫を飼おうと思っていること。三軒茶屋に住みたいと思っていること。子供は3人欲しいと思っていること。とにかく色々と喋る。


今回の依頼者に限らず、ラブレターを送る相手のことを話している時、誰しもが嬉しそうな表情を浮かべ、嬉々として話をしてくれる。会社の中で働いている時には見ることができないような人の表情を目にすることができる。それは、この仕事をしていたよかったことの一つだと思う。


依頼主と別れると、僕は家へと帰り、早速手紙を書き始めた。

2時間ほどで書き終え、依頼主に送った。


すごい!感動しました。想像以上の内容です!


1時間後くらいに依頼主から返信が来た。

ただ、若干の修正依頼があり、修正に関するやり取りを2,3回した後、文面が確定をした。


2週間後が彼女の誕生日なので、その時にこの手紙を渡そうと思います^^

反応、メールで連絡しますね!

やり取りの最後に、そう書かれていた。2週間後が待ち遠しかった。



お手紙を渡された結果、いかがでしたでしょうか??

お相手の方の反応などを聞かせて頂けると嬉しいです!


3週間後、つまり、お相手の方の誕生日から1週間が経過した頃、僕は依頼主にメールを送った。

誕生日である2週間を経過しても、依頼主から連絡は特になかった。ついでに言うと、納品後の入金もその時点ではなかった。


もしかしたら手紙だけ受け取って未払いなのかな、と思ったが、その考えはすぐに打ち消した。直接会った印象やメールとのやり取りから、そういう人だとは到底思えなかった。


確認のメールを送ってから1週間後に口座を確認すると、入金がされていた。

でも、メールの返信はなかった。

意味がわからなかった。入金はするけれど、返信をしない理由がわからなかった。


返信が来たのは、ずっと後のことだった。



■「病気の彼女へ感謝とお詫びを」


入金はあれども返信はない状態にやきもきしながら日々を過ごしていると、再びラブレター代筆の依頼が来た。当初、ラブレター代筆は実際に依頼が来ることは想定をしていなかったが、いつの間にか件数としては最も依頼の多いサービスとなっていた。


今度、妻の誕生日と結婚記念日があり、手紙を送りたいと思っています。妻のことを一番に思っている気持ち、感謝の気持ち、色々と我慢をさせてしまっていることに対するお詫びの気持ちを伝えたいです。自分ではどう書いていいかわからないです。


確認したところ、依頼主が遠方にお住まいとのことなので、詳細はメールで確認をすることになった。

何回かメールでやり取りをおこない、依頼主と奥様、ともに30代であること。昨年に奥様が体調不良を訴え、病院で診断を受けたこと。結果、30代という生気に満ちた年齢とは裏腹に、深刻な病気を患っていることが判明したこと。それを機に、快活だった奥様の元気が日に日に失われていったことなどがわかった。


ラブレター代筆をしていて思うのは、当たり前のことではあるけれど、誰しもがそれぞれの事情を抱えて生きているということ。そして、どのような状況に身を置かれようとも、誰かが誰かに想いを寄せるという行為は途切れることなく、世界のどこかで絶え間なく繰り返されているということ。


今回の依頼を受け、僕はあらためてラブレター代筆という仕事を考えてみた。


最初の方に記したように、ラブレター代筆をサービスに加えたことに明確な意思や必然性があったわけではない。では完全なる偶然かというと、それもまた違う気がする。「想いを伝える」という行為に、自分の中で引っかかるものがあった。


今でこそこういう仕事をしたりしているが、僕は元々、自分の気持ちや想いを相手に伝えるのが得意ではなかった。女性に「好きだよ」「愛してるよ」という言葉で表すのは格好悪いと思っていた。そんなものは口に出すものではないと思っていた。


でも、ある時から、それは違うと思うようになった。


僕も今36歳なので、それなりに想いを寄せる相手もいたし、想われる相手もいた。そんな中で、突然に、いくら自分の想いを伝えたくても、伝えられないようになることがあることも知った。「好きだよ」「愛してるよ」といくら発してみても、その人の耳に届くことはない。「好きだよ」「愛してるよ」と綴ったラブレターを送ってみても、その人の手元に届くことはない。どのような手段でも、僕の想いが相手に届くことはない。


想いを伝えたところで何も変わらなかったかもしれないけれど、想いを伝えることで何かが変わっていたかもしれない。運命が変わっていたかもしれない。当時はそう思ったし、今でもふと思うことがある。


それからは、とにかく想いを伝えるようにしている。その人の耳に届く距離にいる時に伝える。その人と時間を共有をできる間に伝える。その人がいなくなる前に伝える。伝える。


だから、ラブレター代筆という仕事は、偶然のような必然のような感じ。他人の想いに乗せて、自分の想いを消化しているようなところがあるのかもしれない。



依頼者からのメールを読み終えると、僕は依頼者の想いを伝えるべく、文面を考え始めた。


ありがとうございます。こちらで問題ありません。


考えた文面を送ると、依頼者から返信が来た。

確認の御礼を伝えるメールを送る際、お手紙を渡した結果を是非連絡してもらいたい旨も記載した。


4月になると思いますが、連絡致します。


4月。誰かが誰かに想いを伝えるのには、最適な季節だと思う。

今度は結果連絡が来ることを信じて、楽しみに待つことにしよう。



■返信

手紙を納品してから2ヶ月ほど経過した頃、結婚する彼女へのサプライズとして手紙を作成した依頼者から、メールの返信が来た。


せっかく手紙を書いて頂いたにも関わらず、渡すことができなくなりました。ごめんなさい。

それ以外は特に何も記されていなかった。

僕は何も返信をしなかった。



どのような状況に身を置かれようとも、誰かが誰かに想いを寄せるという行為は途切れることなく、世界のどこかで絶え間なく繰り返される。そして、世界の隅の隅の端っこで、僕は今日もその一端を担っている。


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