友達の分まで生きろ! そう言われてる気がする

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「友達の分まで生きろ!

 そう言われてる気がする」

 

帰省した時、母は力強くそう言い放ちました。

 

「兄ちゃん、今日は寒いから冷蔵庫に入れてる

 ミネラルウォーターより、常温の方がええやろ?」

 

「そやな!」

 

「兄ちゃん、ビールも冷えてるやつより、ぬるい方がええやろ?」

 

「なんでやねん、それはちゃうやろ・・・・」

 

そんなド天然な母ですが、時より変わった力(?!)を発揮し、

妹の命を二度ほど救ったり、実の母親の最期が分かったり、

他にも不思議なことを沢山引き起こします。

 

そして、今回聴いたエピソードの中で、特にビックリしたのは、

高校時代の仲良し四人組の三人目の方が亡くなり、

あと生きているのは母だけになったことについてでした。

 

母は東京生まれですが、生まれて間もなく福島に疎開し、

田村という場所に住んでいたそうで、震災後、

大丈夫かと電話したところ、結局それが最後の会話になったと。

 

気付いたときには手遅れで、血液のガンで亡くなった

その友達から、電話へのお礼状が届いており、

次の様に綴られていました。

 

「久しぶりに話せて嬉しかった」

「母と話していると、学生時代を思い出して懐かしかった」

「話しているうちになんだか元気になって、涙があふれた」

 

そして、“百歳まで生きる”が口癖の母に、

 

百歳と言わず、もっと生きてね!」と。

 

電話では何も云わなかったそうですが、余命僅かであると

ご本人は既にご存知で、母からの電話をとても喜ばれたと

亡くなられた後、ご主人からも連絡があったそうです。

 

ただ驚いたのは、その内容をひとしきり話した後に、

母が言い放った言葉です。

 

「普通は寂しくなったり、落ち込んだり、気に病むらしいけど、

 私はそんなこと全然思わへん。

 友達の分まで生きろ!そう言われてる気がする」

 

既に亡くなられた高校時代の仲良し四人組のお二人も、

亡くなる前、余命僅かな中で母に挨拶するかのように

福島から京都まで来て下さったそうです。

 

“三人分、長生きするから☆”と母は宣言していました!!

 

あと、今回聴いて驚いた発言は・・・

 

「兄ちゃん、私な、ストレスってどんなものか分からへんね」

 

いまだかつて、“しんどい”とか“ツライ”と言ったことない

みんなの読んで良かった!

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