上海生活、乞食の親父と僕との変な話 ー始まりー

次話: 上海生活、乞食の老人と僕との変な話 -前篇-

大学を卒業した僕はニューヨークでのある出来事をきっかけにより広いアジアを知りたいと思い上海留学を決意しました。上海上陸、当時は万博すら決まっていなかった21世紀前半。そこには未来都市を思わす独特な建造物やテレビでみた中国の姿がありました。


1年半の留学生活を終え、中国語が不自由なまま思い切った就職活動に取り組みます。当時の上海は更なる発展に向け外国人の雇用に力を入れては様々な取り組みをしておりました。結果的に僕は当時の新卒としてはかなり良い給料と上海ならではのホテル賃貸によりホテル暮らしが始まります。留学生寮での暮らしだった僕にとってなんだか思ってもいなかった社会人生活が始まります。しかし、粋がっているのも精々一年でした。その後は不安が走り出します。


このままでいいのだろうか?何時までもこんな悪くない生活が続くのだろうか?働いて、お金をもらって使ってはまた働いてる。中国にいて中国語もろくに話せないまま先があるのだろうか。 何よりも成長して行く上海の姿にある消費とそれを仕掛ける企業のイタチごっこが社会人生活の全てに思えて心地悪かった。


色んなモヤモヤに勝てず仕事が終われば近所にある日本の焼き鳥屋でたらふく酒を飲んでました。そんなある夜の事です。千鳥足でヨタヨタ歩いていると「カン、カン、カン、カン、カン」とうるさいようで妙に耳にくっつく変な音が聞こえます。


おいら
なんだこの音は?あれ、家の近所だぞ。ワオ!


音の出先を見るとなんと僕が住んでいるホテルの前でした。ホテル前のコンビニ入口に乞食の老人がいるのです。


「カン、カン、カン、カン、カン」と言う音は自分の存在を知らせるために鉄の器を地面に叩くときの音でした。乞食の老人はホテルやその付近の高級マンションに住んでいる人が通るたびに「恵み(お金)」をせがみます。まあ乞食を見るのは初めてではありません。当時の上海ではまだまだ悪い大人達が組織がらみで子供を使った悪い乞食商売さえ普通にしていた頃の話です。大学近くでは手首をつかんで来てはお金をせがむお婆ちゃんとかスーツ姿で名刺を出しながらお金をせがむ人や本当に色んな「乞食」がいました。当然、そういった乞食の方々が警察(公安)に連れていかれる姿もたくさん見てきました。


特に気にする事もなく部屋に戻ります。そしてしばらく間、気が付けば「カン、カン、カン、カン、カン」という音が聞こえたり聞こえなかったりとする帰り道が続きます。


しかしながら、この乞食老人の「カン、カン、カン、カン、カン」は妙に心地良くて不思議なリズム。お坊さんの木魚じゃないけど、クリスマスのベルでもない・・・・。何なのか良く分からないけど気になるリズムでした。

ある日の事です。また酔っては帰り路に聞こえる「カン、カン、カン、カン、カン」。僕はちょっとその乞食の老人に近づいてみる事にしました。別になんの意味もなく物珍しくずいぶんと熱心に働いている乞食の老人の顔が気になったのです。老人に近づき通りすがりでみた老人の顔に驚かされました。


その乞食の老人、なかなかのハンサムなんです。しかも臭くない!何よりもスマイルが物凄くいい!しかもなんなんだこの慣れなれしい風格は!薄汚い緑色の大きなジャケットを覆っていて足軽そうで地べたに座っている。(乞食の人って何故か地べたに座らず床に何かをひいている場合がほとんどでした)。もうこの老人、乞食と言うよりは100年くらい旅をしてきた老子というか・・・・。イメージは年老いたスナフキンでした。



変に圧倒されたというか・・・・。驚いてしまいました。そして思わず僕は「ニーハオ!」と挨拶をしてしまいます。挨拶を返す乞食の老人。何時も遠くから聞いている「カンカン」をしだしたのでコンビニに入ります。なんだか分からないけどとにかく強烈なインパクトでした。

コンビニの中で妙に考え込んでしまいます。僕はお金を人に渡すことを極端に嫌います。無意識からでしょうか。僕はパンを買うことにしました。レジでお金を払い、コンビニを出て乞食の老人にパンを渡します。そして老人はじっと僕の顔をみて少し困った様子で僕にいいます。



乞食の老人
パンはいらねぇです。


僕は少しムッとしました。「やっぱり乞食は乞食。お金以外はいらんのか?人の好意を差別するのか?何故、僕が買ったパンを断るのだ!ふざけんな!どんな理由があろうと断る権利はないだろ!」。若さゆえの傲慢からか僕は怒った顔で老人に尋ねました。


おいら
何故パンを断るんですか?
乞食の老人
今はお腹がいっぱいなんです。


不意打ちをくらったかのような衝撃でした。それ以上当たり前の答えは無いからです。「お腹いっぱいだから食べない」。お腹いっぱいでも食べ続ける、飲み続ける、消費し続ける欲望だらけのアジア大都市上海で一番まともな事をこの乞食の老人に聞かされたんです。


稼いでも、稼いでも足りないお金、女、車、家、服、酒、地位、名誉・・・・。騒がしく派手な上海。20代の僕がイラだっていたのはそんな社会へ入門した自分と何か正しい事や夢持ちたい思う道徳観との葛藤。たった一言で片付いた気がしてただただ驚かされたのです。


「お腹いっぱいだから食べない」


なんだか笑っちゃいました。そしてお腹いっぱいの乞食の老人を後にして部屋に戻ります。今度、老人が腹減った時に弁当でも買ってみよう。そして僕はそのパンを翌日の朝食で食べます。普段は食べない朝食をとっては出勤します。

お腹がすくから食べる。必要だから買う。でも世の中は自分の利益を生む為にお腹がすいてない奴に売る方法や、必要じゃないけど買わせる方法を考える人たちがいる。醜いようで当たり前の消費という経済の連鎖。でも世の中には必要としている人たちの為に「必要な何か」を提供し、ビジネスをしている人たちもいる。


こういう「志」だ。こういう考え方はきっと何かに結びつく。


海外生活。誰に頼る事も出来ず社会人になっていく自分。

そして成長して行く大都市上海の中で僕と乞食の老人との変な話が始まります。



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上海生活、乞食の老人と僕との変な話 -前篇-

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