第27話『お宮参りで義理父から怒られきつい腹部のけいれんが始まる』 大手企業で重度のうつ病を発症し、里帰り出産の妻から離婚され、約一年間自殺願望の消えなかった僕に深い愛情で接してくれた両親のおかげで、うつ病克服専門心理カウンセラーという天職に出会えた話

前編: 第26話『彼女は里帰り僕は実家へ』 大手企業で重度のうつ病を発症し、里帰り出産の妻から離婚され、約一年間自殺願望の消えなかった僕に深い愛情で接してくれた両親のおかげで、うつ病克服専門心理カウンセラーという天職に出会えた話
後編: 第28話『49日の辛い法事(腹部のけいれんとの戦い)』 大手企業で重度のうつ病を発症し、里帰り出産の妻から離婚され、約一年間自殺願望の消えなかった僕に深い愛情で接してくれた両親のおかげで、うつ病克服専門心理カウンセラーという天職に出会えた話

 実は、僕がうつ病で休職しているということは、相手の親には伝えていなかった。義理母には、子供が産まれる前に伝え、義理父には、お宮参りのときに伝えた。お宮参りは、神戸の神社で行なったが、義理父には会う直前に告白したため、当日はその話になった。





 「ちゃんと会社にいっていないとは情けない」「今は回復してもまた再発したらどうするんだ」「うちの娘の将来が心配だ」と怒られ、「男ならがんばらないといかんだろ」と叱責を受けた。僕の両親も「すみません。なんとか職場復帰できるようにがんばりますので、末永いお付き合いをお願いします」とお願いしたが、相手の義理父にはあまり響かなかったようだ。終始僕の体のことを心配され、「娘と子供の将来が心配だ」と言われた。






 親同士と僕と彼女同士で2~3時間くらい話し合い、なんとか結婚生活を維持できないかと懇願した。彼女は、そのときはもうすでに、僕の体調に呆れ果てていて、「一体いつになったら治るの?」と、ホトホト嫌気が差していたようだ。僕の回答も「わからない」と答えるしかなく、復職のメドは全然立っていなかった。そんな僕を見て、彼女はホトホト愛想を尽かしていたようだった





 しかし、このときはまだ離婚の話はなく、とりあえず僕ががんばって復職することが第一だった。みなが僕の復職を願っていて、相手方の家族は、僕は見放しかけていた。


 そして、このお宮参りで義理父に説教をされたせいで、腹部のけいれんが発生した。腹部の筋肉がずっとピクピクしていて、呼吸をするのがとても苦しかった。実際歩くのも辛く、外に出るのさえ、死ぬ思いだった。内科にも行ってみてもらったところ、胃がけいれんしているのではなく、腹部の表面である筋肉がけいれんしているということだった。自律神経の乱れからくる身体症状の1つだった。






 この症状が出てしまったお宮参り当日、義理祖父が死亡したという連絡が入った。義理祖父はガンでずっと病院に入っていたが、ここにきて容態が急変し、山場を迎え、帰らぬ人となってしまった。


 そのため、お宮参りは早々に切り上げ、すぐに通夜や葬式の準備をしなければならないということになった。それで、彼女家族と別れ、数日後の葬式に出るようにと言われたが、僕の腹部のけいれんが尋常ではなく、とても参列できる状態ではなかった。僕の両親からも、「葬式だけは絶対に出ないといけない」と言われており、僕は、絶対に無理だと思っていた。





 ほどなくして、僕の両親も家に帰り、神戸の家には、僕だけになった。僕は腹部のけいれんがひどく、満足に動くことができなかった。うつ特有の落ち込みとか、気力の低下ではなく、体の症状として歩くことが困難になっていた。僕はまた寝たきり生活になってしまった





 食事も近くのコンビニに行くのがやっとで、栄養を考えて食事を摂るという発想まで頭が回らなかった。結局丸5日間動くことができず、ずっとベッドの上にいた。呼吸は困難になり、十分に話すこともできなかったため、葬式はキャンセルした。そのことで彼女家族はまた怒り、「葬式にも来ないなんて情けない」と言われた。僕はとても心苦しかった。自分でもなぜこんなに体がおかしくなるのかわからなかった。とことんストレスに弱い自分に失望した。自信も失っていた。周りの人に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 結局、この腹部のけいれんは約半年続くことになる。再びうつ病との戦いだった






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第28話『49日の辛い法事(腹部のけいれんとの戦い)』 大手企業で重度のうつ病を発症し、里帰り出産の妻から離婚され、約一年間自殺願望の消えなかった僕に深い愛情で接してくれた両親のおかげで、うつ病克服専門心理カウンセラーという天職に出会えた話

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