「私だけ生きていて良いのかな?」

「私だけ生きていて良いのかな?」

 

「俺があの時、話を聞いてやっていたら・・・」

 

「このまま、ちょっとだけ話していても大丈夫?」

 

先日、光星☆先生から次のように言われました。

「沢山の方々からご相談を受けている私でも、

 佐倉さんほど、お逢いしたことはないですよ」

 

それが、どんな方々かと申し上げると・・・

それは、自ら命を絶たれた方の家族や親友です。

 

冒頭の言葉は、旦那を亡くした友達のもの。

私の仕事場のそばまで来た友達は、

うつろな表情で呟やいていました。

 

2番目の言葉は、私の先輩のもの。

「これから飲みに行きませんか?」との誘いに、

「今日はこれからアメリカとテレビ会議だから今度な!」

それが、その同僚と交わした最後の会話だったそうです。

お通夜の後、私は先輩と朝まで飲みました。

 

3番目の言葉は、親御さんを亡くした直後の親友のもの。

「家に帰ったら・・・もっと私が気をつけていたら・・・

 銀行口座が凍結される前に、今、手続きしてるんだけど、

 窓口から手続き完了の返事があるまで、話してくれる。

 生まれて初めて、私、手の震えが止まらなくて。。。」

誰よりもしっかりしている親友の声も震えていました。

 

振り返れば、不思議なほど沢山あります。

普段は、一方的に話すことが多い私も、こういう時は・・・

 

慰めの言葉も、励ましの言葉も全く掛けません。

ただ、ただ、話を聞いて、相槌をうつだけ。

「大変だったね」、「辛いですよね」すら・・・

 

「佐倉(さん)、どう思う?」と聞かれる以外は。

 

なぜなら、私には経験がなく、

気持ちを推し量ることが出来ないからです。

 

そんな時、私に連絡してくる仲間は、

自分の悩みを、人に相談するタイプではなく、

自ら何でも切り拓いていく人ばかり・・・

 

そんな彼らが私に連絡してくるのは、

きっと、私が

“共感能力に優れ、一緒に闇に落ちるタイプ”ではないから。

 

つまりは、自分のこととは完全に切り離す、

言い換えれば、

“他人事として話を聞く、冷たいタイプ”だからかもしれません。

 

今回、何故こんなことを書いているのか良く分かりませんが、

上述の亡くなった人には、私の知り合いも含まれています。

 

その人との一番の思い出は、

神宮球場でビールを沢山飲んだこと。

そして、その人との最後の会話は、

「また神宮で飲みましょう」でした。

 

私は、炭酸飲料をあまり飲まないのですが、

一昨日は珍しく、ビールをジョッキで3杯飲み、

“こんなに飲んだのはあの神宮以来だ”と思い出していました。

 

一昨日は帰って来ていたのかもしれません・・・

ふと久しぶりに、神宮の夜を想い出していました。

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