競馬と俺。

競馬との出会いは1996年ごろだったか。



当時、【ダービースタリオン】というゲームが 流行していた。

多分に漏れず、私もスーパーファミコンのダービースタリオン96を始めた。

私は京都競馬場の近くに住んでいることもあって、競馬とは密接に関係していた。



先ずもって競馬及び公営ギャンブルが嫌いならその地域には住まなければいい。公営ギャンブルがどれほどの雇用創出と地域貢献を果たしているか、批判だけではなく現実も見るべきである。



話が逸れたが、ダビスタのおかげで、私には唯一の趣味が出来たのである。


テレビで見たのは、1997年の秋華賞が最初だった。

メジロドーベルが優勝した。

当時は、メジロドーベルとメジロブライトが兄妹だと思っていた、それくらいの知識しか有してなかった。



その後中学生となった。

初めて競馬場に行った。

親に無理くり頼んで、友人を引き連れて行った。

【1998天皇賞春】

私が大好きだったメジロブライトが勝った。

あの日は楽しかったな。

ウイナーズサークルを陣取る人たちに文句を言われたりした。

今思い返すといい思い出だな。


中学校では競馬好きがいっぱいいた。

GⅠの週は何が勝つかで盛り上がったな。


【1999日本ダービー】

ナリタトップロードとテイエムオペラオー。

私はアドマイヤベガ推しだった。

あのアドマイヤベガの見事な末脚。

みんなでギャーギャー言いながら、どの馬が勝つか予想してた。



【1999有馬記念】
グラスワンダーとスペシャルウィークの4センチ差激闘。

この有馬記念は、私たち周辺の盛り上がりがピークだった気がする。

グラスかスペシャルか。はたまたテイエムか。

(私は当然ブライトでした。)



【2000天皇賞春】

おかんと一緒に京都競馬場へ行ったなあ。

本当に懐かしいな。

勝ったのはテイエムオペラオーでしたね。


etc…たくさんの思い出がある。

一時期離れていた期間があるとはいえ、私にとって競馬とは趣味を超越した何かのである。



競馬とは何なのか?考えてみた。




高校受験に失敗したときは、テイエムオペラオーが走り続ける勇気をくれた。

ラグビーでレギュラーをはずされたときは、ヒシミラクルが立ち上がる信念をくれた。

彼女に猛烈な振られ方をしたときは、ディープインパクトがそばにいてくれた。

新卒の仕事をすぐにやめたときは、ダイワスカーレットが励ましてくれた。

次の仕事で干されたときは、オルフェーヴルが人生の充実をくれた。

陰で私の人生について叩かれていることが発覚したときは、ゴールドシップがまったく問題ないと証明してくれた。



そうだ、競馬とは私の人生の縮図なのである。




今は、日本ダービーが1年で唯一の楽しみである。

また今年も、新たなスターホースに出会えることを期待している。





著者のMatsumoto Manabuさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。