クソ人生~幸せ~

初めてまして。8割ノンフィクションです。まず、私の幼少時代からになります。ぶっちゃけ、死ぬ前に書いてます。更新がなくなったら死んだ思ってください。

「おはよう。隆志」そう言ってキスされた。私の一番古い母の記憶だ。

今から約30年前、私は静岡の片田舎の本家の長男つまり跡取として私は産まれた。祖父母、両親、姉、私の6人家族。目を閉じれば浮かぶ幸せな日々。

それなりに裕福だったと思う。親父は自営でダンプに乗り奇しくも、その頃はバブル、母もパートに内職、祖父母は農家。夜には、ご馳走が並び日曜は親子で出掛けた記憶もある。躾は厳しかったがみんなが大好きだった。いい家族であった記憶がある。そういい家族だった。

忘れもしない5歳の春、両親が口喧嘩しているのを初めて見た。私の目の前で、言い争い。内容はさっぱり覚えていない。しかし、その日は寝れなくて母が寝るまで起きていた。少しして親父も来て。私を挟み話しをしている。また口喧嘩だ。と思ったら、私のうえを万券の束が飛んで行った。父が投げたのだ。その直後、電気がつき私を跨ぎ取っ組み合いの喧嘩が始まったのだ。今でも覚えている。私は寝ている上での取っ組み合いを。寝たままで「やめてよー。やめてよー。」と泣きながら叫んだ。そこから記憶が飛び、覚えているのは、祖父母と父親が居間で話していたが母親はいない。私は祖父母の部屋で寝る事になった、姉は祖母と寝る事が多く夫婦喧嘩も知らず寝ていた。この後10数年間姉に会えなくなるとは思わなかった。姉に張り付き声を出さず泣きながら寝た。

翌朝、起きると姉はいなかった。姉以外の家族は皆いた。しかし、母親は皆とはいないで忙しく動き回っていた。私の幼稚園の準備をしながら大きな袋に色々詰めていた。何もわからず幼稚園の準備をさせられた。いつもなら明るい母親も何も話さない。

気がつけば、母親の姉夫婦が家に来ていた。何かを言われた記憶があるが私は遊びに来たぐらいにしか思わずにいた。母親が、姉夫婦の車に乗ったので何処かに一緒に出掛けるんだ。と手を振った。これが母親との別れだった。悲しさはなかった。無かった言うより何がなんだかわからなかった。何がどうなっているのか。

この後約4年間、祖父母、親父、私の生活が始まる。

家族が潰れるとか離れるなんて考えもしないし、ピンとこない。所詮5才児。そこまでは考えていない。

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