私が夢に見た10年後の横浜・・・正夢であって欲しくない・・・

私、一般社団法人の役員、50歳、現在世直し事業を進める。少子高齢化の進む日本の身の丈に合った社会改革の推進だ。

そのワタクシが今年1月心不全で倒れた。救急車で搬送先の病院で見た夢だ。


2025年、何故か舞台は横浜線鴨居駅。横浜線電車を降りる際、何事も普通だった。鴨居といえばパナソニック、ららぽーとなどが有り若い人達に溢れている。その駅に降り立った。

何かおかしい。まず若い人たちがいない。女子高生、買い物のアベック、友達などとにかく若い人が駅前にいない。代わりにいるのが80歳をすぎ背中をクの字に曲げたご老人たち。え?ここは鴨居なの?我が身を疑った。そしてバスに乗ろうとした。行き先を見て驚いた。行き先は横浜駅西口ではない。すべて老人ホーム行きに変わっていた。あの36系統はどこへ行ったのか?なんだかわからず鴨居ダイエーに向かった。周辺に老人以外の歩行者はいない。いったいどうなっちまったのだろうか?買い物に来るのは全て80歳くらいの老人のみだ。街が沈んでいる。背景が全てダーク色になっていた。私は何故かスマホを持っていて時間を見ると、」2025年・・・・え?10年先はここまで変わってしまっているのか・・・!

ハッとしてベッドから起きた。私はまだ生きている。まるで死後の世界に行って戻ったかのようだ。生きていて良かった。それにしても10年先の横浜の変わりようはどうだ?確かに今(2015年)も鴨居駅前には老人は多い。それが10年先は若者がゼロになってしまうのか?


心不全で死んでしまっては行けない。なんとか治し一線に復帰しなくては。

毎日リハビリとキツイ食事制限に耐えた。そして2週間後退院。私は世直し事業をしなくてはならない。少子高齢化は仕方がないにしても、若者ゼロの社会にしてしまってはいけない。その信念のもともう一度事業の再編成を行うことにした。

1ヶ月後血液検査の数値はかなり改善された。すぐにベトナムのハノイに飛んだ。なんとしても若い人たちを海外から供給しなくてはならない。平均年齢28.5歳のベトナム、ここに将来を見出してみよう。介護、製造、建設、ここに彼らの就労先を作ってあげなくては・・・

帰国して新しい事業を夢見ている。

私が夢に見た10年後の横浜・・・正夢であって欲しくない・・・

正夢にはならなくとも、今の状態を野放しにしていたら、街から若い人たちが消える、ありえない話ではない。この件にどれだけみんな危機感を抱いているのだろうか?日本はまだ若い、問題ない、不死鳥だと考えている愚か者は未だにいるのであろうか?

誰か何をやろうと、私は独自の世直しを続けていきたい。

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