【子育てよい旅in忘れえぬ鉱山都市】ヘレンケラーの見たもの①

 発達訓練としての、子どもとの旅。


 数えてみると、すでに四国内外を30か所以上 旅をしているわけですが、そのルーツは、意外にも ヘレンケラーにあったのかな、と私は思います。


↑朝6時。瀬戸内海をのぞむ高台にて。


健康でさえあれば教育することができる。それをすることができるのは、親か特別な教師であり、学校ではない。」


「ヘレンに話しかけたとき、彼女は、まわりを壁に囲まれた教室の中では不可能な教育をしたのである。


(サリバン『ヘレン・ケラーはどう教育されたか』明治図書1973より一部抜粋。太字は引用者による)



     ☆



 水のジャブジャブ。洗濯物のヒラヒラ。チョウチョのパタパタ。窓ガラスのキラキラ。


 決してダンボールで囲ったなかでは認知できない世界。


 おもしろいもので、木でできたでんでんだいこには興味を示すけれども、プラスチックでできたでんでんだいこは無関心。同じ でんでんだいこにも関わらず、プラスチックのほうは まるで認知できない。


 葉っぱのついた枝葉をクルクル回すと、ふいに目が合ったりもする。


 ふしぎな世界ですが、それが彼らの生きている世界なのかな と思います。


 

 彼らの見ている世界は私たちとは違う、という人もいます。自閉症の世界はゆがんで、デコボコで、まったく私たちとは違うもので、架け橋になるものもほとんどない。この子たちには「心の理論がない」といったりもします。


 そういうのは学者さんに任せますが、私は、彼らはこの世界にあるもののうち、いくつかのものを、すくうようにして見ているのだと思います。この世界が100のものでできているとすれば、その1個か2個だけを、じっくりと見たり、繰り返して見たり。


 そうしているうちに、しゃべれなかった子でも、ヘレンケラーが「water」を理解したように、「みーず」「みーず」と言葉にしたりもする。



 ああ、この仕事はおもしろいことだ、と思います。


つづく




発達支援センター「おおきなむら」

http://ookinamura.main.jp/



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