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15/3/30

Bride of Japan 2014 ファイナリスト 小西麗 文化価値・家族・時の大切さに関しての考え

Image by Olia Gozha

Bride of Japanに参加する上で、大きなテーマだったもののひとつに「家族」がある。これは、一次面接のときから度々話題にのぼった。「家族」。同世代のひとには頷いてもらえるところがあるかと思うのだけれど、「家族」について直視する、というのは、なんとなくくすぐったい作業である。少なくとも、私にはまだ、少しの照れくささがある。これは未熟のしるしのような、青さを自覚する瞬間でもある。



 出身は名古屋(愛知、というと名古屋市民じゃないんだ? と言われることが多いので、あえて。)だ。というか、出身は名古屋だ、というべきだ。という認識が、私の中では強い。転勤族であった実家が名古屋に腰を据えた。


中高、加えて小学生の半分を過ごしたならば、自分のルーツは名古屋である、というのがきっと正しい。そもそも、名古屋人、というのは強い帰省本能があるというのか、地元愛の強いひとが多いように思う。独特の食文化だとか、言葉遣いだとかに馴染みがないこともないのだが、それを自分が主張するにはなんだか違和感がある。というのも、物心形成期(といつも私は説明する。)(造語かしら。)は、年長さんから小3までを過ごした北海道は札幌、になると自分ではおもっているからだ。


でも、出生地は岩手だし、思い返すと6年以上同じ家に住んだことがないので、自分の中で、確固たる「地元」というものが、いまいちかたまらない。二次面接のとき、他の受験者が語る「家族」と「地元」は近しいものに思えた。「家族」がいて、「地元」があって、その絆に「日本文化」を感じる。そういう意見が耳についた。あぁ、私はこういうの、持ってないなぁ。と、転勤族コンプレックスが久しぶりに顔を覗かせる。



 家族がいて、地元があって、その繋がりが古き良き日本文化だ。というのは正しいと思う。だって、小学生のときにみた社会の教科書にも書いてあった。教科書の通りの答えは、私が使うと嘘になってしまう。だから考えてみた。自分の考える家族とはどういう定義なのか。


 東京で一人暮らしをしている自分と、実家にいる母、また最近単身赴任に出た父、あと、高校生の弟は全寮制。見事に物理的一家離散の我が家である。並べてみると、すごい家族だ。猫は人でなく家に懐くとはよくいうけれど、私はきっとその逆で、家族がいるところが実家になる。家族がいて、地元があって、その繋がりや絆は、途方もなく尊い。腐れ縁とか、幼馴染みとか、言ってみたいなとおもったりもする。だけど、それは無い物ねだりだ。不変でずっとそこにあるなんてものがお伽話にしかないということを、子供なりに肌で感じた。変わらないもの、は不断の努力によってのみ成り立つ。それでも変わっていくのだ。だから社会の教科書に載ったりする。同じ空間にいる、ということが少ない私の家族は、互いの歩み寄りがないと家族団欒がなしえないことを知っている。それは悪いことではないと、私は思うのだ。そう思うようになった。



 古き良き日本文化の示す家族の像は美しい。けれど、今を生きるには変化を受け入れなければいけない。働き方も、学び方も、環境も変わっていく中で、人の繋がり方だけが変わらないというのは不自然だ。日本的な家族の理想型というテンプレートを追いかけるのではなく、私は家族を尊重するという和の心に目を向けたい。それが私のこのコンテストを通じて出した日本文化の価値、家族、時の大切さについての考えである。



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