ラオス旅行記(ビザラン)

2月1日まで1か月エクステンドしていたのだけど、1月下旬にタイ王国バンコク都のイミグレーションに行った際、「一回出国しないとダメですよ」みたいな事を言われて、なんじゃその制度は、と思いつつ、ま、実は隣国には行きたかったのもあるんで、ツアーを探してアプローチ。日本人専用は使うつもり一切なかったんで、安いチケット。プラカノンの会社に17:30についてゴニョゴニョしてからミニバスに乗り込む。私は何故か助手席。


エアコンがガンガンだったんで相当寒かったです。あのせいで風邪ひいたかもなあ。


ベトナムに居た時もそう思ったけど、フランス系・オランダ系がやたら多いですね、東南アジア。後ろに居た女性をみてすぐフランス+オランダだと思ってしまった。結局聞いてないけど(笑)。


7-8時間くらい、ミニバスで揺られましたが、途中、給油を兼ねて3回セブンイレブンへ。最初の時、バスがどこに動いてくるのか解らず、ナンバープレート探しまくったりもしました。結局は「こっちこっち」と言われて事なきを得たのですが。異国ではぐれるのは危険。


ウドンタニを経て国境へ。国境にもセブンイレブン。あれはもうかるビジネスだよね。因みに、そこの近くにトイレがあって、10バーツで用を足してください、と言う事でした。公共のトイレでお金徴収ですか、いいサービスかも(笑)。


陸路の出入国は初めてだったので若干緊張でした。「日本人と、ミャンマーと、フィリピノはこちら」みたいなジェスチャーをされて、素通りした場所とかもあったな。バス複数台でしたが、相当フィリピノ居ました。



タイの大使館の前で数時間。朝っぱらは寒かったけど徐々に暖かくなってきました。タイ大使館の近くの店でラオスっ子が居たので戯れようとしたのだけど、どうも懐かない。怖がってた気がします。因みに、日本人らしきは複数いましたが、関与してません(笑)。皆さん、団体行動ですね。パスポートを取られたままでいいのかなあと思いつつ、まあ何かあったら連絡すればいいだけかと。(こういう処の知識が実は無い。事前に調べればいいのだろうけど、マニュアル男じゃないんで(笑))





ホテルに昼についてお食事。香港とフランスとデンマーク出身と一緒に。香港の女性は、最初日本人だと思った。フォークとスプーン使っていたので、「東アジアでは箸使うんじゃないの?(笑)」と聞きました。苦手なんです、とか言われてしまった。フランス出身の男性は、(後で知ったのだけど30代でレゲエとかやってるとかとか)コモロというアフリカの小さい国の出身でした。名前聞いて、「モロニ?」と条件反射で聞き返してしまった(笑)。相当吃驚した後ニコニコされましたね。まあ、ああいう小さい国の首都を知っている人などそんなにいません。1・2時間小休止してから外へ。


最初に目についたのは、大きな店。中に入ってみると、日本語ばかり。3-40年前の昭和を彷彿とさせるような品物ばかりです。「ん?なんじゃこれ?」と言う事で、写真撮った後に「ここのは全部日本製でしょ?」と尋ねてみました。英語が全く通じないので、タブレットで翻訳してタイ語に。タイ語は通じました(因みに、この時、インターネットは通じていません。グーグル翻訳はローカルキャッシュを参照してくれるので便利。ただ、ラオス語はDLしていないので使えなかった)。「はい、全部日本からの物です」と。多分、ボランティアの方々がラオスに送ったものでしょう。こういう社会貢献はいくつもあるよなあ、としんみりと。セブンイレブンが無い国とはホテルのフロントで聞いていたので、ミニマートを探してました。携帯SIMとパワーバンク用の充電(USBが欲しかった)。小学校とか色々回った後に漸く発見。購入後再び外へ。女の子(多分中学・高校レベル)が3人位入っていたレストランに行って、焼き鳥を頼んでから、半分食べて全部3人にあげました。ビックリされたけど(笑)。次に、アイスクリーム店。アイスクリームとチーズバーガー頼んで、アイスクリームを半分残した状態で8人いた従業員に向かって「Share!」と。自分たちがどういうものを提供しているのかを知る機会もないでしょう、なかなか。





道を歩いていて気付いたのだけど・・ラオスは男性優位の国ですね。フィリピンを知っているからかもしれないけど、男性がやたらと目立ちました。勿論、子供たちも多かったし、お母さんも多かったけど。あと、HONDAを含めて、型が相当古い。多分、ベトナムと一緒かなと思いました。タイとかは、「資本主義」原則があるんで、中古より新品、と言う発想にもなってるし、相当高いのは事実だけど・・。





ホテルに戻ってから、フロント前のパソコン(笑)。吃驚したのは、日本語IMEが入っていた事。しかもWindows8.1・・・。ライセンスはイシュー(発行)ていなかったけど、Windows8.1は吃驚したよ。東南アジアの公共の場所で初めてでか?と言う位に新鮮。


パソコンやってると、一人の男性が隣のパソコンに座って・・・なんか悪戦苦闘していた模様。「どうしたの?」と聞くと、ヤフーメールが見れない、とかとか。私、ヤフーメール使った事ないんで詳細知らないけど、12時間アクセス禁止、になっていた模様。他の人がクラッキングしかけた可能性もあるよね、と言う事で、明日の朝6時にもう一度試してみれば?と。そして、その時、「処で、貴方はオランダですか?」と聞いてしまった(笑)。「いえいえ、ドイツです。税金対策でXXX国に会社を持っていて、パタヤ等で不動産・ホテルをしています」と。私は18年だけど貴方は事業を始めて何年?と聞いてみると、「40年」とかとか・・。ひょえー。確かに年齢聞くと戦後間もない生まれなので、そんなもんです。こういう時には、「名刺頂いても宜しいですか?」と。結局、名刺貰った上に仲良くなってしまいました。


夕食後、やる事も無かったんで、ホテルの真ん前にあった、「SPA」へ。英語が通じない(笑)。まあ、適当なタイ語使って中へ。フットマッサージとラオス式マッサージ。このマッサージが丁寧で妙に良かった。ラオス語で必死に色々語ってくるのだけど、ワケワカメだったしw、あと、しょっぱな「コリア?」って聞いてきたのですよね。まあいいけど。感情移入してしまって、途中はさておき、2時間後全部終了してから(ラオス式はタイマッサージと全く変わりないです)抱きしめてしまいました(と言っても、クッションかましてたけど)。邪魔が入ったけどね。監視カメラでもあったのかしらん?(笑) まあ、1時間延長するよという話はしたのだけど、眠たい、と言う事を言われたので。明日来てね、と言われたけど、「明日はバンコクに帰るよ」と。来て・来てとダダこねられたので、まあ、最終日行きましたよ、律儀に。彼女は居なかったけど(笑)。


ラオスのテレコムのSIMは買ったしロードもしたのだけど(TOP-UP)、全然タブレットが動きませんでした。ホテルのWiFiも全く使えず。パソコンも占有されていたので、部屋に戻って思索にふける事に。コンピュータが当たり前の世界で生活すると、じっくりと何かを考えたりすることも少なくなるからなあ。


最終日。朝食は、香港っ子と、ドイツの社長と一緒。


8時になってもSPAが空かなかったんで、街中を再度探索。市内の市場とかも見学しました。あの活気は久しぶりに見た。日本ではもう今では味わえない光景です。







9時45分になり、SPAへ。昨日の子は居なかった。。。違う子が受け付けてくれたのだけど、一応、「1時間250バーツのラオス式マッサージを1.5時間。400バーツ払うよ」と。タブレット翻訳大活躍(笑)。マッサージ、昨日と中身が違うんですが。まあいいやと思いウトウトと。どうやら、昨日ラオスビールを飲み過ぎて二日酔い(笑)。適当にマッサージをし返して(笑:女の子は本当に背中が小さいと思うわ・・)あげたりしながら仲良く1時間半過ぎて、会計。処が、40000Kipって書いてあるように見えたのだ。俺がいったのは400バーツなんだが・・。彼女英語全く出来ないんで、別の子が対応。どうやら、90000Kipと書いてたみたい。そして、「本来は1.5時間なので375バーツだけどね」と言う話もすると、400バーツ出したら40バーツかえしてきました。「それなら、これはTIP」と言う事で、施術をしてくれた女性にチップを渡して、はい、さよなら。と。彼女も、「コリア?」と最初聞いてきた。Japanと言うと、クエスチョンマーク。。。TOKYOでも解ってなかった。ふとした拍子に「イプン」と言ったら通じた(笑)。


ホテルについてすぐ支度をしてフロントに行くと、「皆はもうタイ大使館に行ってしまった」とのこと。え?パンフレット(日本語)にそんな事書いてないんだけど。取り敢えず、話をつけてくれたとのことだったので30分待つことに。待っても連絡なし。旅行会社にメールをしてその5分後位に漸くスタッフが迎えに来ました。10:30にみな出たんだよ、と。。。。「ランチは12時まで」と書いてあるのだから普通に見ればランチをホテルで取る、とみるのが普通だろう?とは思ったのだけど。まあ、しゃーない。別のホテルで一時的に待機して(フィリピノ軍団とかはそのホテルに泊まっていたらしい)、スタッフと共にタイ大使館へ。彼ら、皆さんのパスポートを丁寧に扱っていました。・・・やや不安(笑)。




友好橋を経て、国境。何度も迷ってしまう。と言うか、添乗員、少しは解りやすい説明の仕方をしてほしいのだけど。。。英語が聞き取りづらいうえに説明が丁寧じゃないのはいけないと思うよ・・・。迷いながら、タイ側の国境まで脱出。ここで、フィリピノ軍団と一緒になったので、「Are you Pinoy?」からはじまって、マシンガントークスタート。因みに、フィリピンにて免許証はとってあるんで、それを見せて「I AM FROM THE PHILIPPINES」と冗談をかましたりもした(笑)。赤いパスポートなんで見抜かれるわけだけど・・。タイにて英語を教えている教師らしく。皆さん、可愛いですね。フィリピノの特徴:「小さい」。皆さん小さかったです。娶りたくはないけどさ(笑)。男性に、「私たちの国を好きになってくれて誇りに思う」みたいな事は言われました。あと、可愛い子を指して「Gwapa」と言ったら(これ、タガログ語です)、分かった人から順に笑ってくれました。



あとは、再び同じミニバスで帰路。後ろの子たちが、「CDをかけて」と運転手に言って、かけてみると、英語でタイを風刺したような曲だらけ。タイと言えばレディボーイ、なんだろうな。国際的にも。(笑)


バンコクに戻って、プラカノンの会社へ。コモロの男性とデンマークの男性が一緒になったんで、「タクシー乗らない?同じ方向だろうから」と。某駅まで乗って全員おろしました。全額はらったのだけどね。「我々の分は?」と聞かれたので、「安心してくれ、私は君の年の多分2倍(笑)」と。案の定二十歳でした。


最後は、コモロの彼(ラッパー)と屋台の飯食って終了。実は頭がガンガン痛かったんだけど。


と言うのが、一連のラオス旅行でした。日本人はあまりラオスには居ないですね。日本の会社もあった事は合ったけど皆無に等しい。

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