南の島の英語が僕を潰し、僕を活かせた話 -活かせた編-

この話はある日突然英語が共通語の島で暮らし始めた「僕と英語」との役27年間の葛藤の話です。
今、「英語」に関してなんらかのモヤモヤを持たれている人ならば何がしらヒントになる答えがあるかもしれません。



[振り替える僕と英語 パート①]

● 全く英語ができない僕は8歳のある日、南の島に引っ越します。
● 8歳ながら英語は一生無理だと思いつつ、小中高を南の島で卒業。
● 帰国後大学進学、西洋人に英語の発音も表現も三流だと爆笑される。

大学生で英語を封印。もう二度とあんな恥はかきたく無い。


そんな時にある外国人教授との出会いで大切な事を学ぶ。


言葉は乗り物である。


人の気持ちを伝える為に言葉がある。完璧な発音をする為に言葉があるわけでもなければ、ましてやTOIEC満点をとる為に英語があるわけでもない。


人は分かってもらいたいから話し、分かりたいから耳を開く。

その目的無くしては「言葉」とはただ苦痛の記号でしかないのかもしれない。

だから僕らは言葉という乗り物をつかって伝える。

英語もまたその乗り物でしかない。


ボク
笑われてもいい!もっと英語で話そう!


それからは自分の乗り物(英語)を楽しむようにしました。ダサくても笑われても良い。次第に英語を話す機会が増え、僕の乗り物も磨かれました。何時しか「アメリカのどこから?」なんて言われるほど自然な物になっていきました。


[振り替える僕と英語 パート②]
● 大学卒業、ひょんな事から上海留学
● そのまま就職。社内は様々な国籍の人達がいるグローバル企業
● がしかし、僕の上司は英語がほぼほぼできない東洋人


なのにぃ~、なのにぃ~、なのにぃ~何故?


彼は外国人ビジネスマン達にリスペクトされる。英語ができる僕より、英語ができない上司と話したがる。言葉が通じないのに話したがる。西洋人が英語できない我が上司に頭を下げて挨拶をする。


ボク
なぜだぁ~~~~~!!


そんな僕の心を読み取った上司は僕に大切な事を教えてくれます。


国際ビジネスで言葉は人を惑わせます。


ボク
いや、僕を惑わせているのはあなたなんですけどぉ~!


上司が言いたいことはこういう事でした。


相手がどうして弊社を訪れたのか。
出張報告書の欄を埋めるためなのか。
何か売りたいのか、買いたいのか。
市場調査をしたいのか、情報が欲しいのか。
相手が必要としている事をキャッチできず、ただ英語で話しているだけで仕事はできない。
通訳で十分だ!

という事でした。何も言い返せませんでした。しかし、上司はそんな人でした。英語なんてできなくても相手がどこの国の人だろうと、相手が必要(ニーズ)としている事がわかる。しかし、ビジネスは「言葉」より「数字」が大事な部分も多く上司のいう事は社会人にとって重要な常識でした。

数日後、アメリカ人の社長が業界人が集まるパーティーでプレゼンをします。
僕は英語ができない上司に見せつけたかった。きっと社長はやってくれる!
流暢な英語でかっこよくプレゼンをしてくれる!英語は大切だ!

しかし、社長はたった1枚のプレゼンで簡略にスピーチを纏めました。
何故ならば、「その場」に必要だったのは新商品に対する観客の「好奇心」。
したがって多く語る必要は無かったのだ。

ボク
英語できれば海外で仕事できるっしょ。


若き僕の考えは間違ってはいなかったが・・・・
僕に未来やキャリアなどは想像できなかった。


英語ってなんやねん!


以上前回までの振り返りです。


僕は自分を負け犬と呼び上海を離れ帰国します。


帰国後、英語塾で先生をしました。副収入を得る為、何か仕事にありつけないかと英語ラジオ放送局のオーディションを受けます。受けたら合格してしまいちょっとしたコーナーをもって周に三回放送もします。昼には先生、夜には放送後にバーで酒を飲んで帰る。そんなフリーター生活が続きます。


何か真面目に仕事をしないと英語が少しできるフリーターじゃ先がないと思いつつ職を探していました。そこに都市開発を専門とする企業からお声が掛かります。観光立国完成に向け、あらゆる企業が世界と戦うために外国語人材を求めておりました。


しかし、上海から帰国以来、自分を「負け犬」と思っている僕にはずいぶんと重いジャンルです。都市開発・・・。観光立国・・・。でも、僕も男でした。一度は国際社会で戦ってやるんだと思っていた情熱の日は耐えておらず挑戦しようと思いました。

僕はこれまで学んだ事をなんども、なんども復習しました。

ボク
英語だけではダメだ!


しかし・・・・。
「英語ができる」というだけで無難に合格しました。

ボク
いいのか、これで・・・・・


最初の一年は資料の翻訳を山ほどさせられました。
雑務と思える資料翻訳でしたが、意外と会社の重要文書に目を通せる事が多く、知識を得られるチャンスでもありました。


1年がたつ頃です。僕は社内でも有名な変わり者の上司の下に配属されます。どうしても僕は「変な上司」に良くあたる人生のようです。上司は僕が大変気に入りました。
気に入ってもらえた理由は、

上司
英語が上手とか下手とかの話じゃない。何かを伝える、得るようとする意識が大事だ。会社を代表して海外で戦うとはそういう事だ。


これまで学んだ事が脳裏を横切ります。


言葉(英語)は乗り物、会社の意思を発信する。


僕は大学の頃に学んだ理論をしっかり守っておりました。


翻訳業務から離れ、投資家と打ち合わせが多い上司の補助として海外出張が多くありました。上司は英語が得意な人ではありませんでしたが、必要時は自分でプレゼンを行いました。時より僕が変わりましたが基本は上司のプレゼンを複製するという形でした。


しかし、僕と「英語」はそれ以上も以下も無い関係でした。
周りから海外出張が多いからと羨ましいと言われますが・・・。
僕は普通に綺麗な彼女がいるやつの方が羨ましかった。


国内では「英語を1週間でマスターできる!」とか色々広告があったり、留学の広告も多かったり・・・・。しかし、何時かしか思うようになったのです。


ボク
英語ができるから何?


それは英語ができない人が英語できる人に対する僻みでは無く。

英語ができる人が英語を学ぼうとする人への僻みです。
非常に矛盾した感情かもしれません。


そんなある日、また海外出張です。周りからは上司にひいきされているとか、妬む同僚は増えていきました。今回の出張はフォーラムの参加です。様々なセッションに参加し、知識やノウハウを学んでくる事でした。あるセッションでレベルの高い専門家の英語が飛び合いました。


上司はいいます。

上司
お前、あれなんて言っているかわかるか?
ボク
イヤ、正直、専門用語が多くて・・・
上司
だろ?お前みたいに英語が流暢でも全く理解できないんだよ。ここじゃ、お前ほど英語できるやつも、英語勉強したての塾生も同じレベルだな。
ボク
は・・・・はははは・・・・
上司
別にバカにしているわけじゃない。事実上、この会場にいるほとんどの人がお前と恐らく同じだって事よ。
ボク
・・・・・・
上司
アジアで行われる国際会議なんてさぁ、そんなもんだよ。英語が母国語じゃないやから集まるんだよ。なんだかなぁ~。


その時でした。僕は上海にいた頃の上司の言葉を思い出します。


言葉は人を惑わす。


つまりは、相手が何をしりたいか理解すれば、言葉は面白いくらい簡単になる。
難しい話をする必要も無ければ、難しい話をしなくても良い!


僕はこれまで自社の紹介や、自社のプロジェクト紹介に疑問を感じていました。自分で英語を話しながらも何を言っているのか分からなくなる事が多々ある。会社紹介のマニュアル通り間違っていない英語で伝えるだけ。訪問した会社からも訪問する会社からもお互い業務上のセッションであり盛り上がる事は無かった。まあ、社会とはそういう物だろう。会社とはそういう物だろうと思っていました。


でももし、もし何かもっとわかり安い方法で自社を紹介したら、理解しやすい事によって会話が弾むのではないだろうか。

僕は悩みに悩み続けました。


専門用語を削るべきなのか。
時間を短縮するべきなのか。
不要と感じる内容を削るべきなのか。
ゆっくり話すべきなのか。


答えは出ませんでした。

酒に酔い、南の島の兄弟のような友達と話している時です。お互い照れるので社会人なってから仕事の話なんてしなかったのですが仕事の話になりました。僕は自分の仕事の説明をしました。


親友
面白い会社だなぁ~!おまえ面白い仕事してるんだなぁ~!
ボク
えぇ?
親友
都市開発って言うから僕と全く関係業界だと思ったけど、意外と僕の仕事とも繋がるところがあるかもなぁ~!おもしろい!
ボク
えぇ~~~??なんでそう思うんだよ!
親友
なんでって、お前楽しそうに説明するし、わかり安いからさぁ!


振り替えれば、南の島には無数の人種がいました。当然英語が母国語でない人の方が多かった。だからか島の英語は何時もシンプルでわかり安かった。僕は複雑な会社の構造や事情は省略し、最も面白く、またもっとも難しい部分をわかり安い内容で親友に話していたのです。結果的にそれが聞き手にとっては面白い内容になってしまっていたのです。


これだぁ~!!



僕は上司に頼みました。1回だけでいいので次回の企業紹介プレゼンを任せて欲しい。
上司からはOKを貰いました。

そして海外企業の訪問でチャンス到来。僕は業界と全く無縁の南の島の仲間たちでさえも理解できるだろう言葉でプレゼンを行いました。僕が抱いていた理論はただ1つ!

ボク
専門的な英語がわかる人なんて一握り、僕は万人の英語のレベルに合わせてプレゼンを行う。

より多くの人にこの会社や会社の事業についてしってもらう!


この考えは大当たりでした。次第にわかり安いと評判になります。

やがて僕は世界のあちこちでプレゼンをする事になります。

ニューヨーク、カナダ、フィンランド、台湾に至っては国家機関に招待されました。


南の島で学んだ英語で僕は笑いものになりました。大恥をかいてはずいぶんと苦しめられましたが、最後は南の島のみんなに伝えるならばどう伝えるかを考え僕は世界でプレゼンをするようになりました。それから僕の世界は変わりました。

参加者Aさん:やっぱりアメリカの大学を出てらっしゃるのでしょうか?
参加者Bさん:そのようなプレゼンはどこで学べるでしょうか?


イヤ、さすがに「南の島の仲間に伝えるつもりで話していますが・・・」とは言えないものです。
映画に出るような高層階でシャンパン片手に乾杯なんてしながら、絶好調の中、僕は会社を退職します。


理由は色々とあるのですが、やっぱり英語は乗り物です。
自分が運んでいる物に納得いかなければ運びたく無くなる物なんだと思います。
しいて言えば、僕は会社が発信して欲しい事を発信していただけ。

少しだけ話が飛びますが、

オバマ大統領が黒人初の大統領になれた背景についてこういう見解があります。
これまでの大統領候補は難しい政治の話ばかりしていた。高学歴の白人にしかわからない内容と有利な内容ばかりを話していた。オバマ大統領は低学歴の人でも理解できる、移民してきた人も理解できる英語で国の問題や解決に向けた「自分の考え」を伝えていた。彼のそんな「意思」により多くの人が政治に興味を持つきっかけとなり選挙に賛同した。そうやって歴史的な大統領が選ばれた。


オバマはより多くの人に「自分の意思」をわかり安く伝えようとした。
僕は英語でうまく話せるようにはなったけどそこに「僕の意思」は無かった。
ましてや僕には専門性もなかった。ただ英語でうまくプレゼンができるだけ。
30代を迎えておりました。僕は新しい挑戦に向けて乗り出します。



この話を読まれた方は何がしら英語と縁がある方だと思います。

私のように「なんで英語をしているのだろう?」とか「何故英語を勉強しているんだろう?」とか「英語がわかれば人生かわる?」など色々疑問点をお持ちかもしれません。


英語ができるからって別にいい事なんて無いと僕は思います。

車の免許と同じです。車の免許があるだけでいい事なんてありません。

でも、僕は最近やっと思うようになりました。


30年近くの葛藤の中で僕は今さらながら言えます。

僕は英語ができて本当に良かった。


僕は今、ホスピタリティー業界にいます。

僕は世界の人に日本のホスピタリティーを知ってもらえることがとてもうれしい。
そしてやがて、日本のホスピタリティーを海外で実現するためにも英語が必要になる。
日本の文化をより多くの人に知ってもらう為に英語ができる事は非常にラッキーな事である。


英語に限った事ではありません。中国語でも韓国語でも良いです。
そしてどうしてもお伝えしたいことがあります。外国語なんてできなくてもいいんです。
自分の母国語である「日本語」が出来て本当に良かったと思える事。

日本語で大切な人に大切な事を伝えられること。
日本語を学んだ外国人に日本のやさしさを伝えられる事。
僕はすごい事だと思います。

だから英語を学ばれる方、外国語を学ばれる方に僕の葛藤から学んだことをどうしても伝えたいです。

あなたの外国語が世界を変えられるかはわかりませんが、あなたの言葉は何語であっても誰かの世界を変えられます。

どうか皆様の「言葉」がたくさんのハッピーを咲かせますように。

このストーリーが外国語の学びに刺激になれれば幸いです。

みんなの読んで良かった!

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