会社を立ち上げた日に阪神大震災に遭った。

読みたい記事があったので登録して、訳も分からずに題名だけ書き込んだら「続きを書かんかい!」とプッシュされたので続きをぼちぼち書きます。

前職時代の上司であった鼻の大きなおっさんにほとんど拉致状態で誘われ、AB型のパチンコ好きな先輩と3人で会社を立ち上げるハメになったのがそもそもの間違い。

1月17日早朝。安眠を貪っていたら唐突の大地震。震度7。

夢の中で本気でゴジラが来たかと思った。

本棚の上に乗っけていた麻雀パイが落ちてきて痛かった…ちなみに起きた時握っていた牌が赤五筒というのは出来過ぎか?

実はこの地震で目が覚めたが、「どうせ部屋の中はむちゃくちゃだろうから電気も来ていない今起きても無駄だ」とそのまま二度寝。


明るくなって取り敢えず起きたら家の前のマンションから煙が出ていたり、人が泣き叫んでいたり…と尋常ではない風景…案外すごいことになっているな…とそれを横目で見ながら新しいオフィス…というか間借りする予定のオフィスに行ったら無茶苦茶になっていた…。


「なんだ?まだ始まってもいないのに終わったのか?」

「明日から就活しなきゃならんのか?」とか…まあ、今更慌てても仕方ないし神戸市民130万人全員被災者だからみんなで頑張ればいいか…なんて呑気な事を考えていた。

それにしても10年以上務めた会社を辞めて起業したら1000年に一度の震災に遭うなんて、オイラはどれだけ運がないんだ?

ま、まだ何も始めていないから誰にも迷惑をかけずに済んで良かったかもしれない。

ちなみに鼻の大きなおっさんは芦屋から駅前でママチャリを調達して(鍵のかかっていない自転車が置いてあったので借りただけらしい)、昼過ぎに石焼き芋売りのオッサンみたいな格好でやってきた。軍手と首に巻いた手ぬぐいが異様に似合っていたのを覚えている。

AB型の先輩は尼崎に住んでいたためな~んも影響なかったようで、その日は阪神尼崎駅前でパチンコをしていた。

ちなみにこの先輩は先祖が明智光秀の明智家と蜂須賀小六の蜂須賀家である事が自慢なのだが、新人時代に「要するに裏切り者と盗人の最強タッグな家系ですね」と言ったら殴られた記憶がある。「盗人ちゃうわ!野党や!」…兎に角、口は災いの元だな。


結局ここにいても仕方ないので親戚の家に向かう事にしたが、その途中で昔住んでいたアパートの家主親子が住んでいた家の前を通ったら見事に潰れていた。

「まさか!?」と思ったが、そのまさかだった…。色々と文句を言われた口やかましい大家だったが、本当にお世話になっただけに辛かった。

後で聞いた話だが1日震災が遅かったらこの親子は新しい家に引っ越す予定だったので命を落とすことはなかったそうだ。

人の運命なんて本当にちょっとした差なんだなあ…と思ったが、ここから数日間はこの世の地獄のような景色を見るハメになった。

人の運命の心配どころか今までに人生観・価値観から変わってしまった。


「人はそれでも生きていかねばなぬのか…」


ちなみにおいらの人生でこのフレーズが何度もリフレインする事になるなんて、この時は思わなかったわ。


会社が動き出すのはそれから3ヶ月後だった。


という事で、書いたぞ!



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