「さすが」星新一気取り
「どこかできいた未来」

星新一を読んで
①序章
エヌ氏は一般的な独身の童顔の男性だった。無職だったが、社会福祉が高度化した時代だったので生活には困っていなかった。
職に就いているのは、ごく一部の人だけだった。ほとんどの人はエヌ氏と同じ無職だった。その人たちの日課は部屋で
画面を見ながらアンケートとインタビューに答えることだった。
「今朝は体調はいかがですか?」
「良く眠れましたか?」
「読みたい本はありますか?」
「本を読んだら感想を教えてください。」
「やってみたいことは何ですか?」
という個人的なものから
「新しい料理を考えてください」
「学校教育における問題点と解決策について考えを教えてください」
「被占領国家における言語とイデオロギーのメタ構造および意味の脱個人社会化について意見をきかせてください」
といった質問の意味さえ理解できないなものもあった。
しかし全部に答える必要はない。
自分の興味のある質問に分かる範囲で答えていけばいい。
アンケートは中央電算処理システムにより分析されてはいたが、ほとんどは抽選でプレゼントが当たる懸賞だった。
プレゼントにあたることが人々の一番の関心だった。
その日、いつもどおりの時間に起床したエヌ氏は宅配された朝食を済ましたあと食後のインタビューをしていた。
「プレゼントに当選されました」
とメールが届いた。
②プレゼント
突然の、懸賞当選のプレゼントだ。差出人はきいたことのない研究所だった。そんなことは、エヌ氏にとってはどうでも良かった。初当選だった。エリート階級層だけが使えるクレジットポイントだった。これがあれば、そのポイントを持つ層人限定ショップで買い物、食事などができる。有職者の給与にくべればささやかな額だが、無職のエヌ氏にとっては夢のようなポイント数。
初めての天然素材食品レスロランでの食事に使おうと思った。
③コーヒーから
喫茶店「ルンバ」に入った。落ち着いた雰囲気と陽気な客たちの世界に初めて足を踏み入れた。まず、コーヒーの香りに驚いた。いつもの合成コーヒーは苦いだけだった。しかしそれが当たり前とおもっていたエヌ氏に、不満はなかった。それが、ここのコーヒーを一口飲むとくらくらするほどだ。さらに、店をかえて、天然肉のディナーを味わった。
天国のような気持ちで帰路についた。ふと、目をやると通りを歩く、若く美しい女性の姿に目がいった。エヌ氏は、これまで女性を美しいと思ったことはなかった。エヌ氏だけでなく、すべての福祉階級の無職男性は女性に無関心だった。性を意識することは皆無だった。
④逮捕
エヌ氏は、その若い女性に対して「近づきたい」という気持ちが、なぜかおきてきた。。その国では、結婚および恋愛は一部のひとだけが行う特殊な社会生活だった。上流階級の女性は、同じクラスの男性と結婚し家庭をもった。夫婦二人と子供二人の生活。しかし、一般的な福祉層の家族構成は、母親と子供一人だった。福祉階級の成人男性は100%独身。
女性はエリート階級の男性を求めて、若いうちに街に出歩いた。うまく、相手を見つけるとデートができた。一度だけのデートで終わる人。定期的なデートを重ねる人。子供を出産するにはデートによりエリート男性のDNAを提供されるしかない。福祉層の独身女性は必死だった。女性が積極的に誘いかけ、憧れの有職男性は、その誘いを断るのが大変なほどだった。彼らは、そうした役割が社会に求められる義務だと信じていた。つまり、可能性を持つ美しい女性に自分の子供を産ませ、養育していくことが、社会の安定につながる基盤だと考えていた。当然、養育費は、国庫負担10割だった。
エヌ氏が、このとき初めて女性を見たとき、ある種の感情を感じた。これまでにない感情をエヌ氏自身は理解できなかった。しかし、その微妙な心理変化を検出した衣服に埋め込まれたセンサー検知した。すぐに警察と救急センターへ通報。サイレンが遠くから聞こえてきた。逮捕容疑は「視姦罪」だった。
⑤裁判
簡単な取り調べのあと、すぐ裁判が開かれた。
検察・弁護人・裁判長とエヌ氏の4人だけだった。すでに過去の膨大の裁判記録から想定される意見が、中央システムにより分類され提示されていた。それに、不特定多数のアンケート結果を加味し裁判が行われた。
エヌ氏は、
「性犯罪の最高刑は死刑だったのでは…」
と、震えていた。女性に対する性犯罪罰則強化方針が打ちだされたばかりだった。「視姦罪」には「無期身体拘束刑」が求刑された。弁護側は
「被告は医師により診察の結果、心神喪失状態にあり治療が必要」
一時間ほどの審議ののち下された判決は診察の結果を重視し、保護観察処分とされた。
⑥リハビリ
医師の指示により、記憶喪失薬と催眠療法を受け、エヌ氏は元の平凡な一般市民にもどった。ただ、保護観察期間なので、新しい日課にクリニックへ定期的に通う必要があった。医師は
「食事宅配センターには私が連絡しておきました。他には浄水器も新型のものに取り替えておきました。」
「エヌさん、あなたにとって一番、幸せな生き方は
何も考えないことです。これを忘れないでください。」
⑦最終章
ある、役所で働くエリートの会話。
「今日も異常なし。危険思想者の発生防止は単調な仕事ですね」
「そうだな。しかし社会の安定恒常化のために一番大切な仕事だ」
「わかってます。このシステムが完成する時代には危険思想者の発生割合は1
%もあったそうですよ。」
「そうだな。現在の100倍の危険さだ。信じられない無防備な時代だったわけだな。」
「そうですね。」
「先日の危険思想調査で社会安定化基盤整備研究所に寄せられたアンケートの件はどうなった?」
「はい、あのケースは、『新規社会投資への効率算定計算技術による社会安定化サービスワーカーの減員』という思想がアンケートの回答にありました。」
「そうか。一番危険な思想の一つだな」
「同感です。その後、連絡しておいた、防犯課から、矯正処理が終わったと報告がありました。」
「それは、よかった。さあ、仕事はこのぐらいで、あとは街へ女でも相手にしにいくか?」
「よろこんで」
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