社会不安障害の引きこもり、自殺未遂の私が大学を卒業し、ブラック企業に就職して営業で仕事していた話。そして精神科治療の問題点について2 高校編①

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社会不安障害(SAD)と闘病中の男です。

病気について、発症、中学時代に関しては、ストーリー1を読んでいただけるとご理解できると思います。

http://storys.jp/story/15553?to=story&referral=profile&context=author_other

■高校デビュー

 

都立高校の入学式になりました。

精神安定剤を飲んで、自宅から自転車で10分の距離の高校だったので、自転車で学校へ向かいました。

入学式の前日は不安でいっぱいでした。また症状が出たらどうしよう、学校になじめるかなどと考え一睡もできませんでした。

それと同時に少しの希望をもっていました。隣接学区枠で入った為、同じ中学校の同級生は、全く話したこともないおとなしそうな女子1名。

1クラス40名の8クラスで同級生は320人。全校生徒約1000人。

私の中学時代を知っている人はいない環境です。

いわゆる高校デビューが出来るのではないかと思っていました。

イメチェンをして、友達を作って、彼女を作って、行事にも参加して楽しい高校生活を送る。そんな淡い期待をもっていました。


入学式は吹奏学部の演奏で迎えられ体育館で行われました。

そして教室へ入り自分の席へ着くと、

担任の教師がやってきて、まずは一人一人全員の前で自己紹介をすることになりました。

クラスメートはみんなそれぞれ個性的な自己紹介をします。

明るいタイプの子は、面白い自己紹介をして笑いをとったり、

自分の趣味や特技、中学時代の部活の話をする子。

おとなしいタイプで無難な自己紹介をする子。

社会不安障害の自分はクラス全員の前で自己紹介をするなんて、緊張でパニックです。

自分の順番が回ってくる前にその場を逃げ出したいと思いました。病気の典型的な症状の回避行動というものです。

それでも順番はまわってきます。

頭が真っ白になりました。

私は、震えた声で自分の名前、出身中学、そして最後によろしくお願いします。

というのが精一杯でした。

なんとか切り抜けたという安堵と疲労で汗をびっしょりとかいていました。

その後は、オリエンテーションで今後の説明などで初日は終わりました。

2日目もオリエンテーションでした。

このストーリーを読んでいる皆さんも高校入学の頃を思い出して欲しいのですが、

友達を作ろうというのが当然の考えですよね。

クラスメートは皆それぞれ近くの席の子に話しかけたり、自己紹介で聞いた趣味や共通の話題が出来そうな子とコミュニケーションをとったり、同じ中学校出身の子で集まったり、

徐々にグループが出来ていきました。

しかし、社会不安障害の私は初対面の人に話しかけることができません。

その日は特に誰とも会話をすることなく一日を終えました。

3日目になり、授業が始まりました。

授業といってもそれぞれの担当教科の教師が、高校の授業がどういったものか、今後のスケジュールを説明したり、雑談をしたりするようなものでした。

そして昼休みになりました。

私の通っていた学校は学食などはなく、基本的に弁当を食べるか、購買部でパンなどを買って教室で食べるスタイルでした。

私は母親が作ってくれた弁当を持ってきていたので、自分の席で食べようとしました。

ここで周りを見渡して「まずい」と思ったのです。

2日目までの間にクラスメートは友達を作っていたので、一人で弁当を食べている子が私を含めて数人しかいなかったのです。

このままだったらまた中学の時のように孤立してしまう。そう思いました。

高校デビューどころではありません。

一人で弁当を食べている数人の中のある男子に勇気を出して話かけました。

「よかったら一緒に食べない?」

その子はO君という子なのですが、

「いいよ、俺も一人で食べるのいやだったんだ」

と言いました。

弁当を食べながら話をすると、彼も隣接学区枠で入学したので、同じ中学の子がいなく、私と同じように人に話かけることができなかったとのことでした。

アニメとゲームが好きらしく、今でいうと秋葉原にいるようなアニオタの子でした。

そのO君のおかけで私の高校生活は無事にスタートできることになるのです。

翌日も、その次の日も昼休みはO君と一緒に弁当を食べました。

そしてこんな会話をしました。

「このままだと俺たちクラスで2人だけになっちゃうよね。

明日から2人で一緒に他のクラスメートにも話しかけてみよう。」

翌日から行動スタートです。

私一人ではできてしまっているグループに話しかけることなんかできません。

O君と一緒にとりあえず地味な感じのグループに話かけました。

「一緒に弁当食べない。」

するとそのグループは5名ほどだったのですが、こころよく受け入れてくれました。

色々と話をするとその中の一人が中学の頃吹奏楽部に入っており、トランペットをやっていて吹奏学部に入部するつもりということでした。

ちょうどその時期は体験入部の時期で、私は彼によかったら一緒に体験入部してみないかと誘われました。

学生生活を過ごしていた方なら部活動の重要性はわかりますよね。

先輩との関係や同じ部活の仲間ができるとても重要なコミュニティです。

未経験ですし、社会不安障害の私は不安でしたが、音楽が好きだったこと、また入学式での演奏に感動していたのでとりあえず体験入部をしてみることにしました。

音楽室に行ってみると、吹奏楽部は約40名で、先輩も穏やかな方が多かったので体験入部期間を経て正式に入部することにしました。

楽器は誘ってくれたS君がトランペットだったのでトランペットをやることにしました。

ちなみにO君は意外にも剣道経験者らしく剣道部に入部しました。

クラスに関してはS君が社交的な性格だったので彼を通じて、他のグループの男子とも徐々に打ち解けることができました。

ただ女子とは話すのが緊張してしまい、仲良くなることはできませんでした。

私の入学した高校は校則が厳しくなく、染髪やピアスも問題なく、金髪や赤髪、ピアスを何個も付けている生徒もいました。

そして何より運が良かったのは、私のクラスメートは茶髪や金髪、ピアスを開けている怖そうに見えていた子も性格が穏やかで、クラスのボス的な存在がおらず、一体感がありスクールカーストがないクラスだったのです。

体育恐怖症について

ストーリー1を読んでもらった方はわかるとおもうのですが、私は社会不安障害の症状で体育の際に吐き気をもよおすようになっていました。

当然高校にも体育はあります。毎回見学するわけにはいきません。不安はありました。

対策として。入学前から自宅でダンベルを使って筋力トレーニング、スクワットや腹筋、近所のランニングをしていました。運動神経は良かったので、吐き気さえでなければ十分対応できるような体作りをしていました。

1回目、2回目の体育の授業は50メートル走や懸垂、走り幅跳びなどの体力テストでした。本当は自己判断でやってはいけないことなのですが、私は精神安定剤をいつもより多く飲み、体育の授業を受けていました。緊張はあったのですが、薬の効果か吐き気は出なかったのです。

私はほっとして、病気が治ったんだと思いました。

しかし、それは大きな間違いだったのです。

それに気づくのは、もう少しあとのことでした。


■高校1年生の1年間の出来事 イメチェン 初めての彼女 部活動 文理選択

このような形でスタートを切った高校生活、勉強に関しては授業についていくのは簡単でした。本来なら学区トップの高校に入れる学力があったのに病気のために中堅高校を選んだのですから。

しかし油断はしませんでした。有名大学に入るために自宅でも参考書を買って勉強をしていました。

吹奏学部に関しても、初心者でしたが先輩や同級生が楽譜の読み方や、トランペットの基礎から教えてくれたので充実した部活動生活を送っていました。

 

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