感動を伝えようとして、文字通り痛い目にあった子供の話

会話に苦手意識。

小さな頃からずっと自分の中にありました。

考えてから答えるクセがついていて、問いかけに答えるのがワンテンポ遅れる。

こんなことを言ったら嫌がられるのではないか、と思って発言をためらう。


「しゃべろうよ」「話そうよ」、そう言われるのがとてつもなく苦痛でした。

そう言われる度、過剰に反応してしまうんですね。

口に出して反発こそしませんが、こんな感情で一杯になってしまうのです。

人の気も知らないで。

喋らないことの何がいけないんだ。


そしてひどく落ち込む。

できて当たり前のことをできていないのではないか、といった感じでした。


重要なのは分かるけど

最近もそんなことがありました。

個人的に受けているコンサルで、会話の重要性とコツを教えて頂いた時のことでした。

「会話はできた方が良い」

「会話のコツは相手が話したいことを聞くこと」

頭では理解できるのですが、何となく腑に落ちないまま時間が来てしまいました。


終了後、すごくごちゃごちゃしてしまったのです。

また会話のことを言われた。

でもどうしたら良いんだ!

もう何も手につかない状態になっていました。

泣きたくなっていました。と言うか泣いていました。


取り敢えず頭の中を書き出して整理しようと、夜の公園に向かいました。

ベンチに座り、夜風に当たりながら鞄からノートとペンを取り出して。

しかしいざ書いてみても堂々巡りな感じで、何だかなぁと思っていたのですが。



もしかしたら、自分でも思い返したくないトラウマがあるのでは―。

そう思い至りました。


そう言うことがある、とは本で知っていましたから。

小学校に入る頃には人の輪を避けるようになっていたので、原因があるとすればその前。

その前の記憶と言えば


友達の家でマリオの人形で遊んでいたこと、

雪の日にずっとファミコンで遊んでいたこと、

幼稚園でひよこにびびって「よく持てるね」なんて言っていたこと、

寝る前に本を読んでもらったこと、

他には―。


それを思い出した瞬間、体が震えてきました。

涙が溢れ出てきました。

あ、これだと直感したのです。

その記憶とは…


ある雨の日

それはある雨の日のことでした。

母と姉と私の3人で、姉が通うピアノ教室から帰る時のこと。

当時私はレッスンを受けておらず、そこのテレビを見ながら待つのがお気に入りでした。

その時やっていたのはドラえもんの映画。確か雲の王国です。


それで帰り道、黄色のレインコートを来た私は母に向かってその映画のことを話していたんです。

ラストの展開に感動し、それを伝えたくて。

ちょっと興奮気味に、ぴょんぴょん跳ねながら。



と、その時です。

側溝の蓋で足を滑らせ、私は後ろに倒れてしまったのでした。

確か頭も打ちました。

当然とても痛くて、大泣きをした訳です。

それはもう、わんわん泣き叫んだ訳です。


そこに母からの言葉が重なりました。

「もう、○○なんだから。」

正確には覚えていませんが、ちゃんと前を見ていない、足元に気をつけていない、そのようなニュアンスでした。

とにかく叱られるような感じだったんですね。

ショックでした。よしよしって言ってほしかったのに。


思い返しながら何度も涙がこぼれて、そりゃトラウマになるよなぁと思ったのでした。

話をしていただけ、感動を伝えたかっただけで文字通り痛い目を見たのですから。

それもダブルパンチで。

以来話をする=痛いこと・嫌なことが起こる、と刷り込まれてしまったのだなと納得がいきました。


ならば、逆に人と話して良かったことで記憶を塗り替えてやろう。

今はそう画策中です。

色んな人と会話を楽しめる日が来ることを信じて―。

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