社会不安障害の引きこもり、自殺未遂の私が大学を卒業し、ブラック企業に就職して営業で仕事していた話。そして精神科治療の問題点について5 大学受験、大学編

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前編: 社会不安障害の引きこもり、自殺未遂の私が大学を卒業し、ブラック企業に就職して営業で仕事していた話。そして精神科治療の問題点について4 高校編③

社会不安障害(SAD)と闘病中の男です。

病気について、発症、今までの経緯に関しては、ストーリー1を読んでいただけるとご理解できると思います。

http://storys.jp/story/15553?to=story&referral=profile&context=author_other

出版社の選考に通ったので、2017年8月に著書『ぼくは社会不安障害』を彩図社より出版。


大学受験 浪人or受かった大学へ入学 どうする?

高校3年生になり症状が悪化し、十分な勉強ができなかったので、自分の現在の学力を知るため模試を何度か受けました。

MARCHレベルの大学には行きたい、特に明治大学に進学したいと思っていました。校風や実家から通うのにも便利で、就職も努力をすればある程度安定した企業に入れると考えてえていたからです。

今になって思えば、当時の社会の常識だと思われていたレールの上をただ走っていく、そんな浅はかな考えだったと思います。

模試の結果は、明治、立教、法政、合格C判定。

日本大学、専修大学はBやC判定でした。

現状では、MARCHレベル、特に第一志望の明治大学への進学は難しいと思いました。

社会不安障害の症状で学校の授業は満足に受けられず、予備校にも通えなかったので、

体調の良い時に自宅で必死に勉強をしていました。

しかし、受験直前の最後の模試でも結果は、変わりませんでした。


過去問題集をやっていて、明治大学は当日の問題内容によってはなんとかギリギリ行けるかもしれない、日本大学、専修大学は症状が出て試験を受けられないなどの状況にならなければ合格ラインだろうと思いました。

自分の行きたい学校を受けなければ悔いが残ると思ったので、

明治大学、法政大学、そして日本大学、専修大学を受験しました。

試験当日は、社会不安障害の吐き気や腹痛の症状が出ることがあったので、精神安定剤を多めに飲んで試験を受けました。

結果は、明治大学、法政大学不合格。日本大学、専修大学は合格でした。

結果を受けて冷静に自己分析をしました。日本大学、専修大学の両校に合格したのだから、そのレベルの学力には達している。

1年間浪人して再チャレンジすれば、明治大学にも行ける可能性は十分にある。

しかし、1年間勉強しても社会不安障害の症状で試験を受けらなかったら、今合格している大学にさえも行けないことになる。

浪人するか、手続きギリギリまで迷いましたが、病気で試験が受けられなくなってしまえば全てが無駄になってしまうと考え、専修大学の経済学部へ入学することを決断しました。

そしてあっという間に高校の卒業式になりました。休みがちで欠席日数はギリギリでしたが、なんとか高校は卒業することができました。

そして、充実した大学生活を送れるよう願い、大学の入学式を待っていました。

 

■大学入学 孤独なキャンパスライフ 非リア充生活 ランチメイト症候群 

4月になり大学入学を迎えました。入学式は日本武道館で行われました。

中学、高校みたいに孤立した学生生活ではなく、今度こそ充実したキャンパスライフを送るんだ。そんな思いを胸に登校しました。

登校すると、サークルの勧誘活動があちこちで行われていました。私もいくつかのサークルに声をかけられ、新入生歓迎コンパに参加しました。

しかし、孤立していた高校生活で落ちたコミュニケーション力、また社会不安障害の私はコンパのノリには全くついていけませんでした。地味そうなサークルにも行ってみましたが、そこでも同級生や先輩とは上手くコミュニケーションがとれませんでした。

これでは、サークルに入っても浮いてしまうだけだなと悟り、サークルに入ることは諦めました。

授業などで徐々に自分に合いそうな友人を作っていけばいい。そう考えていました。

 

私の時代、専修大学の経済学部は、1年時は入門ゼミという授業があり、担当教授が担任になり、クラスのような形になっていました。

また、英語や第二外国語も基本的にそのクラスの学生と一緒に受けるというスタイルでした。

しかし、社会不安障害の私はゼミでの発表や語学の授業での音読や、発言で極度の緊張や吐き気の症状が出てしまい。授業に参加できなくなりました。

大学にも通えなくなり、入学して1か月ほど家で引きこもるようになってしまいました。

そんなある日のこと、ゼミの担当教授から自宅へ電話がかかってきました。

どうして大学へ来ないのかと聞かれました。

私は「ゼミでの発表や発言で緊張してしまい吐き気が出てしまう。精神科に通院していて精神安定剤を飲んでいます。」と正直に伝えました。

教授は「わかった。自分のゼミでは発表や発言はしなくていいから、大学へ来なさい。辛いのはわかるけど、今ここであきらめてしまったら後悔することになるんじゃないのか。」

と言われました。

もし、担当教授のこの電話がなかったら私は1年生で中退していたと思います。

この担当教授は私を気にかけてくれ、電話までしてくれて、本当に感謝しています。

 

私は、ゼミの授業にだけ再び通うようになりました。

しかし、入学して1ヶ月程経っていたので、ゼミでは皆それぞれ友人を作り、サークルなどにも入っており、私は友人も作ることもできない状況でした。

復帰後、ゼミの授業と発言などが求められない大教室での講義の授業だけは受けることができました。

しかし、大きな問題がありました。それは昼食です。

便所飯、ランチメイト症候群、この言葉を聞いたことはありますか?

一時期、ニュースやワイドショーなどでも取り上げられていた話題です。

学校や職場で一緒に食事をする相手がいないことに恥ずかしさや恐怖を覚え、トイレの個室で食事をとったり、昼食を食べなかったりすることです。

大学に通っていた方はわかると思うのですが、学食は昼食時にはとても混雑します。

また、友人同士やサークルのたまり場になっていて、席の確保が難しい場合が多いです。

わたしもランチメイト症候群でした。

学食に行っても一人で食事をしている学生はほとんどいません。

周りの目が気になって、学食では食事ができませんでした。

さすがにトイレで食べるのには抵抗があったので、弁当を買って空いている教室や人が少ない大教室などで4年間一人で食事をしていました。

あくまでも私の考えですが、ランチメイト症候群の方は、社会不安障害の予備軍だと思われます。

社会不安障害の症状で「会食恐怖」というものがあります。

他人と一緒に食事をする際に、動悸やのどの渇き、吐き気等の体の不調が起きる。

レストランなど公共の場で他人の目が気になって食事ができずに、店に入れないなどの症状が典型的です。

復帰した大学生活でしたが、1年時は単位がほとんど取れずに、2年時に語学の授業は再履修をしました。

2年以降になると、ゼミに入らない限りは、基本的に大教室で講義を聞いてレポートや試験を受ければ単位がとれるという授業をほとんど履修していたので、大きな問題は起きませんでした。そしてストーリー4で記載したような、メンタルクリニックへの不信感もあったので通院も止めてしまいました。


唯一の憩いの場 大学の図書館、ジム

そんな孤独なキャンパスライフでしたが、唯一の憩いの場がありました。

大学の図書館とジムです。

日によって履修している授業の関係で空き時間ができることがありました。

サークルに入っている学生などは、サークルの部室に行ったりしていました。

私の行く場所は、図書館とジムです。

大学の図書館には、パーテーションで仕切られたAVルームがあり、映画などのDVDが自由に見られました。

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