初恋の人 再会を望んではいけない でも会いたい

1 / 3 ページ

初恋・・

初恋とは、考えてみると何度かとあるかもしれない。

小学生の頃、中学生の頃、高校生の頃、大学生の頃。

小学校の頃は好きな女の子は居た、ただ初恋かと言われれば、?である。

中学校はどうだったかと思い起こせば心には残っていない。

高校生の頃は好きな女の子はと言われれば居たかもしれないが想いでさえもない。

昭和40年代の前半の田舎には恋愛環境は全く無いと言える。

好きな女性が居ても行動に移せない自分、どうすれば良いのか解らない自分。

聞くにも、聞く人も近くには居なく、そんなこと恥ずかしくて聞けない。

高校までは女性が私の家に来た事も、私が行ったことも有りません。

違う、小学校の頃に一人だけ家に行ったことがある。

歩いて4㎞程を一人で行きました。

名前も覚えています、面影も浮かびますが再会の機会は有りませんでした。

幼友達だったのでしょう。


初恋 それは大学2年生


大学は東京の大学でした。

東京の大学にしたのは理由がありました。

親戚のおじさんが戦後引き上げて来た時に家族でお世話になったので

恩返しをしたいとの申し出でお世話になることにしたのです。

東京で会社を経営していたおじさんは信用金庫の保養寮も管理していました。

全国14庫の保養寮の管理の管理人が私の仕事でした。

宿は5階建てのマンションの5階、2階~4階が保養寮、1階がおじさんの会社。

宿代は無料、管理人として月に1万円の手当でした。

もう1つは父の兄が強力に従兄と同じ大学を勧めたからです。

従兄は経済学部4年生で北池袋に住んでいました。


一年次は教養課程で三島か大宮でした、私は三島でした。

東京の自宅から三島まで通う事になりました。

朝4時半に起きて5時過ぎの地下鉄馬込駅発に乗り、五反田駅、環状線で品川駅へ

6時15分の東海道線普通電車に乗り8時30分三島駅到着、2時間15分の通学。

10分ほどで学校に到着、片道3時間の通学の旅です。

帰りも同じ道を逆に辿るのでした。

自宅に帰り着くのが夕方6時過ぎでした。

それまで電車に長く乗ったことのない田舎育ちの私には最初は楽しかった。

しかし途中で苦痛に変わりました。6時間の旅は大変です。

夏休みの最後に三島に引っ越しをしました。8月25日です。

静岡県三島市は伊豆半島の付け根、東海道新幹線三島駅があります。

三島駅から伊豆箱根鉄道が修善寺駅まで通っています。下宿先は二駅先の

田町駅で駅側の下宿家さんでした。

家賃は食事付きで3万円でした。

徒歩で学校までは25分程度掛りました。

みんなの読んで良かった!