「宮下公園」

人間をまたいだことがある。
正確には、もうそれは人間ではなかったが。
当時、平社員とはいえそれなりの大企業に勤めて中堅どころとなっていた私は、新入社員の教育担当も任され担当クライアントも増え、多忙を極めていた。
流行の細身のスーツに身を包み、大きなカバンをぶら下げて渋谷を闊歩していた。
ちょうど宮下公園下のガードにさしかかったころ、なにやら5~6 人の人だかりができている。
その時、内ポケットの携帯電話が震えた。
恵比寿に本社があるレンタルビデオ最大手のグループ会社社長からのクレームだ。
原因は経理スタッフの使い込み。
即座にシミュレーションした。
まず、状況を把握し双方からの事情を聞く。その後被害額を確認し告訴をしないように話を穏便に持っていく。上司を含めてスタッフに詫び状と確認書、又は示談書を書かせ連帯保証人をつけさせる。本人に金が無い場合は法務部と連携して、うちが被害額の補填をする。うちの社長からも詫
び状を書かせ、他のスタッフの今後の取引を継続させる。
ざっとこんな感じか…。
まずは上司と法務部に電話して、タクシーで駆けつけよう。
「キャー、死んでるー」
さっきの人だかりはこれか。
どうやら宮下公園のホームレスが路上で死んでいるらしい。
ホームレスがそのへんで死んでいることなど珍しくもなんとも無いが、救急車か警察くらい呼んでやればいいだろうに。
と、思いながら私は携帯電話を片手にその死体をまたいで、タクシーを拾いに行ったのだった。
今にして思えば、私が呼んでやればよかったと思う。たかだか5~6 分だろう。
電車の人身事故も日常茶飯事だ。
いわゆる飛込み。
当然電車は止まる。
ラッシュ時ともなると、「チッ!」「場所と時間考えろよな」などの言葉も聞こえてくる。
競争が激しい街だ。その競争から降りた瞬間、生活基盤を失う。
決して義理人情が無いわけではない。下町以外にもたくさんある。
とても便利で個人的には住みやすい街だが…。

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