スパイダーを背負った眉太男がバーゼル、ローザンヌ、チューリヒでストリートショーを開催する話。なぜかスイスでケバブざんまい。

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イタリア人のお姉さま方の熱烈な歓迎を受けながら、会場をゆっくりと歩く。いつもの事だが観客の反応は様々であった。

それからドイツ国鉄駅に向かう。バーゼルにはフランス、ドイツそしてスイスの国鉄の駅が有るので、何だか不思議な気がした。駅前で英語はほとんど話せないが、親切なおじさんに写真とビデオを撮影してもらう。その後アートバーゼルに戻って、少しブラブラしてからホステルに帰る。もう夕方になっていたが、良いビデオが撮れて満足のゆく初日となった。とにかくスイスでショーができてひと安心。

6月15日晴れ

ショー2日目。まずはミュンスター(大聖堂)まで行く。とても重厚で歴史を感じさせるゴシック様式の大聖堂が青空をバックにそびえ立つ。その辺りで撮影をしていると、イタリア人のカメラマンと出会いすぐに仲良くなる。建物の中に入ったが、宗教的に大切な場所だという事で、撮影をサッとすませて外に出た。もしも神父さんに出くわしていたら、彼はどのような反応を示しただろうか?

そこからマルクト広場まで歩き市場を見て、いつもとは別の橋を渡りアートバーゼルへ。

世界有数のアートフェアだけあって、警備員や警察がたくさんいた。昨日の様に正面入り口前を歩き、映画監督に作品の解説をしたり、新聞社の取材を受けたりして気分が乗ってくる。そのまま、エントランスホールに入りビデオを撮る。スパイダーを背負ったまま会場内に入ろうとすると、警備員に止められる。それ(スパイダー)をクローゼットに預けてくださいとの事。

こうしてアートバーゼルとの初対決は秒殺されて終了。後でまた来ることにして、少しだけ写真を撮ってから素直に外へ出る。何だか疲れがどっと出てきたので、とっとと帰って少し寝る。

 

夕方、今度は観客としてアートバーゼルに行ってきた。夕方5時以降、入場料半額のチケットを買う。世界一と言う割には、空っぽでフニャフニャしたパンチの無い作品や、賞味期限切れの古い作品ばかりでイライラしてくる。

日本でも有名なKギャラリーを訪ねると、Kさん本人を見つけたので話しかけてみた。

「フニャフニャしたパンチの無い作品ばかりですね。」

とタケシが言うと、

「それはうちのギャラリーの作品が?」

と彼が聞き返すので、

「はい。会場内のほぼ全てです。」

と答えた。以前に彼の本を読んだ際、はっきりと分からなかった事を一つ聞いてみる。

「現代アートって何なのでしょうね?」

彼は禅問答の様な答え方をした。

「現象です。」

少し前まで、アートはもっと心に直接響くものだったのに、なぜ、現代アートはこんなに空虚でとりとめが無く、フニャフニャしているのかとタケシが問うたら、

「こういうものだから、これを否定しては何も始まらない。流れだから。」

と彼は言う。

別に現代アートを否定するつもりは無いが、肯定もしたくは無かった。タケシは自分のショーの事や作品についても話したが、

「僕はこういうのは好きではない。」

というのが彼の感想だった。

「貴方が何を望んでいるかが重要な訳で、こういう風に活動してゆくなら、それはそれで、頑張ってください。しかし、アーティストって、面白いですね。」と最後に彼は言った。

何だか上手くかわされてしまった様な気もするが、とにかく、日本なら会う事さえも難しかったであろうKさんと、話ができて良かった。

6月16日晴れ

朝食をすませてから、スパイダーを背負って外に出る。ホステルの隣の教会で撮影をしてから、橋を渡ってアートバーゼルへ向かう。そこでしばらくショーをしてから、ゆっくりと町を散歩しながらホステルに戻り、バーゼルでのショーを締めくくった。

受付のバレンシアに荷物を預かってもらった礼を言い、今まで泊まった中で一番のホステルだったと正直な感想を伝えると、彼女はひまわりの様な笑顔を見せた。

クロワッサンとローザンヌ

午後2時の列車でバーゼルを後にして、4時過ぎにローザンヌに到着。

ここはフランス語圏だ。ドイツ語よりはまだフランス語の方が、カナダに住んでいた経験があるので、なじみがあった。

ここで泊まったホステルは、古いがフランス風の洒落た建物だった。受付のアンヌ・マリーはとても親切で、日本語を勉強していて、5年以内に日本に行くのが夢だという。

まずは洗濯をすませて、夕方町を散歩する。駅前のチャイニーズレストランで食事をとり、駅の向かい側の道を歩くと、数人の怪しい男達がたむろしていて、薬でも売りたいのか、しつこく話しかけてくる。こういう時は、きっぱりと断りさっさと通り過ぎるに限る。その後、町をひたすら歩き、明日の為に町の地図を頭に叩き込んでおく。

IOC本部が有ることでも有名なローザンヌは、丘の上にある城や教会を中心に発展した町だからか、とにかく急坂が多い。旧市街の古い町並みを眺めながら坂を下ってゆけば、次第に視界が開けてゆき、そのまま歩けば美しいレマン湖まで行ける。

アール・ブリュット・コレクション

ローザンヌにあるアール・ブリュット(芸術の伝統的な訓練を受けていない人が、名声を目指すでもなく、既成の芸術の流派や流行にとらわれることなく自然に表現した作品)を集めた、アール・ブリュット・コレクション(美術館)を訪れる事は、今回の旅の重要な目的であった。

6月17日晴れ

目が覚めると、部屋の窓から初夏の日差しが差し込み、爽やかな風がカーテンを大きく揺らしていた。テラスに出ると、良く手入れされた庭には花々が咲き乱れ、可愛らしい色の屋根をした家々の遥か遠くには、レマン湖対岸のアルプス山脈がうっすらと見える。急にハイジとおじいさんに会いたくなった。

ホステルで渡された朝食割引券を手に近所のカフェに行き、ゆったりとした気分でカフェとクロワッサンの朝食をとる。その味は格別で、遠いパリの記憶を思い起こさせる。

言語は文化と密接に関係している。ここは明らかにフランス系のスイス人やフランス人労働者が多く、フランス文化の影響があちこちに見られた。

早速、アール・ブリュット・コレクションを訪れると、どの作品もずば抜けて個性的で、見た事のないものばかりであった。しかも全作品とてもパワフルで、何点かは禍々しいほどの負のエネルギーを放っていた。

これが本当のアートであるという、ジャン・デュビュッフェの声が聞こえてきそうだ。彼が集めていたアール・ブリュット(アウトサイダーアート)作品を元に、この美術館を発足させた人物であり、フランスの有名な画家でもある。

そこにある作品と比べれば、今どきの薄っぺらな現代アートなど、ゴミ屑同然に思えた。そして、その建物の中にいて作品と同じ空気を吸っていると、とても気持ちが良かった。

何も飾らず、流行も形式も気にせず、ただ純粋に自分の心の中の想いを形にする。世間に受け入れられようとか、誰かに認めてもらおうとか、そんな考えはこれっぽっちも無い。何と潔く力強い作品だろうか。まさにアール・ブリュット(生の芸術)であった。その概念にタケシは心の底から共感を覚える。

午後2時から、ローザンヌでのストリートショーを開始する。

スパイダーを背負って駅前の急坂を駆け上がり、すでに知り合いになったアイスクリーム屋の夫婦に挨拶をする。丘の上の古い橋を渡ると、そこから見える教会や建物が美しかった。再びアール・ブリュット・コレクションに行き、ビデオや写真を撮ってもらう。美術館員の長髪のお兄さんが、色々と協力してくれて有り難かった。

その後バスに乗ってホステルまで戻りスパイダーを降ろしてから、再び美術館に戻り、閉館まで作品と対話した。こういう場所と作品を残してくれた、デュビュッフェに心からありがとうと言いたい。

チューリヒ

6月18日晴れ

午前中はローザンヌの町を散歩して、午後1時過ぎの列車でチューリヒに向かう。

スイス第一の大都市チューリヒは、河と湖に囲まれた緑豊かな都市だった。

すでに予約していたホステルは、町の中心という立地が気に入って決めたのだが、せまい入口から細い階段を上り、3階の受付で手続きを済ませ、更に階段を上ると部屋は5階に有った。荷物の重みで両腕が痛い。やれやれ。

チューリヒでは、夜はまたチキンケバブ、昼はジャーマンソーセージの屋台に世話になった。肉汁が溢れるソーセージは7CHF(¥630)でおまけに石の様に固いパンが付いてくる。食料を買って自炊する事も考えたが、そもそもスーパーでの価格が安くは無かったし、買い出しや料理をしている時間も無かった。

公園で出会った娘が、ウエイトレスのバイトをしていて、時給25CHF(¥2250)なので、給料が安すぎて困るなどと言っていた。しかし、日本の2.5倍の物価だと考えれば納得がいく。スイスに行く貧乏旅行者には、日本からの食料持参をお勧めする。宿泊先はもちろんユースホステルで。

*2012年6月は1CHF=¥90、2015年5月現在はおよそ1CHF=¥130であり、物価の差はさらに広がっていますので、ご注意あれ。

6月19日晴れ

昨夜一緒に飲んだアメリカ人のニックが、ロビーで暇そうにしていたので、5分だけ付き合ってくれと言って、スパイダーを背負ってショーを始める。ホステルの前の河岸でビデオを撮ってもらった後、3時間程チューリヒの町を歩いた。スイスでは多くの人がタケシの作品に興味を示し、色々な質問を投げかけてきたが、鋭い質問が多く気持ちが良かったし、原発の知識や福島原発事故の情報を多くの人が持っていた。

これまで私達は、原子力は安全、経済的でクリーンなエネルギーであると洗脳されてきた。しかし実際には、それは危険で非経済的、かつ放射性物質を放出し続ける史上最悪のエネルギーである。

商用原発はもはや不要だ。”というメッセージには多くの人が共感してくれた。

その日の晩、アートバーゼルで知り合いになったチューリヒ在住のジョーグに再会した。彼の車でチューリヒ湖に沿って走り町の夜景を楽しみ、有名な散歩道を歩いたりした。それからボートクラブに寄り、足を膝まで海水に着けながらデッキに座ってビールを飲む。

彼も原発は無用の長物であると言う。また、一部の政治家や権力者がそれを維持しようとしている日本の現状まで、詳しく知っているのには驚いた。

スイスやドイツの様に、日本は一刻も早く脱原発への道を進むべきだ。

あとがき

最初に雨が3日も続いた時には、どうなる事かと心配したが、11泊12(2泊分は飛行機内)の日程でバーゼル、ローザンヌ、チューリヒを回り、合計5日のショーを良くやり遂げたものだと思う。

今回のショーで新たに多くの人々と出会い、新聞にも載せてもらい、ビデオや写真も良いものがたくさん撮れた。小さな歩みでも、とにかくヨーロッパに第一歩を記した事は事実だ。

世界最大のアートフェアである元祖アートバーゼルで、流行の現代アートを実際に見て、たいしたものでは無いと分かった事や、アート・ブリュット・コレクションで、本物のアウトサイダーアートに触れ、その作品が持つ力を肌で感じた事は、大変貴重な経験であった。

最後まで読んでくれてどうもありがとう。

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