宮崎駿がやってきた。昭和59年の八千代の公民館にて。

宮崎駿が、髭も生やさず、大先生でもなかった頃。
春にナウシカが公開された後の、とある夏の日のことでした。
私の住んでいた京成八千代台近辺の公民館に、宮崎さんがやってきたのです。
おそらくはアニメ好きの職員さんが、宮崎さんにお願いして、講演会?を実現したのではないかと思いますが、当日、八千代台の駅から20分以上離れた公民館に暑い中、ショルダーバック的なものを肩に下げて、現れた宮崎さんの姿を今でも覚えています。
公民館の回りは畑と宅地がまばらに広がり、八千代台の駅からは、長い坂の上り下りがあって、大変だったのではないかと思っています。
当日の内容は、アニメ作りのことやナウシカについてのお話だったような記憶があります。
小学生、中学生などの子供たちが、2-30人程度が車座になって宮崎さんの話を聞きました。
当時、宮崎さんのファンだった私は、質問コーナーで、なぜナウシカを創ったのか?と聞きました。
子供が多かったせいでしょうか?
「田中角栄のような悪いやつをやっつけるような、そんな存在のナウシカを描きたかったんだ。」と答えたような気がします。
どちらかというと自民支持保守層の当時の私は
「そういえば、宮崎さんは、東映時代組合活動とかして、左派的な人だったよなぁ」と思ったのでした。
実際には、コナン、ナウシカには、圧倒的な悪役は一人もおらず、みんな滑稽で弱さを持つ人間として描かれていたので、単純に悪いことを許さないという宮崎さんの言葉に違和感を覚えた記憶があります。
その後、私は大人になり、そのナウシカの制作にかかわった広告会社に就職しました。
初めて、その広告会社という名前を知ったのは、ナウシカがきっかけだったので、自分の運命に影響を与えた出会いだったのかもしれません。

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