ツレがムツになりまして

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ツレがムツになりまして



隣の部屋からの物音で目が覚めた。 

ふすまを開けると、布団の上でビチビチ跳ね回る 

ツレを見つけた。 

慌てて病院へ連れて行くと 


「ムツ病」と診断された。


ムツ病は胃腸風邪みたいなもの。 

誰でもかかる。

お医者さんからはそう説明を受けたけれど 

まさか、ツレがムツになるとは思わなかった。 

思い返せば 

一ヶ月くらい前から 

生臭かったり

 廊下に鱗が落ちていたり 

息苦しそうにしていたり 

ツレの様子はどこかおかしかった。 

それらは全てムツの前兆だったみたいだ。 

気付いてあげられなくてごめん。 

せめてもの償いと思って 

ツレの入った水槽に 

いっぱいのスイミーを注いだが 

ツレは見向きもせず、水が濁っただけだった。 


「よく食べるスイミー♪」


なんて嘘っぱちだった。

クレームの電話を入れるため 

袋に目をやると 

「鯉の餌」の文字が。


 本当にツレごめん・・・


ムツになっても仕事に行こうとするツレは 

毎朝水槽から抜け出し玄関で跳ねている。 

このままではいつか死んでしまう。 

そう思った私はツレの代わりに会社へ退職願を出しに行った。 

ツレがムツ病になったことを部長さんに告げると 


「今年に入って5匹目なんだよなぁ」


と頭を抱えた。

5匹じゃなくて5人だろって突っ込みたかったけれど 

5匹ものムツがオフィスで 

跳ねてる姿を想像したら何か笑えた。 


インターネットでムツについて調べてみた。

ムツ病は体内のカルシウムがストレス等が原因で不足することによって起こるため 

カルシウムを多く含んだ食べ物、例えばひじき等が 

症状の緩和に有効とのことだった。 

ひじきがなかったのでひじきっぽいものを上げたら 

ぷかぷか水面に浮かんでしまった。 

慌てて病院に連れて行き治療をして貰ったところ 

毛玉を吐いた。猫かよ。 

お医者さんにこれはひじきじゃないですね。 

と言われたが絶対ひじきと押し通した。 

ツレのムツとどう向き合えばよいか尋ねたら 

ムツ病患者に絶対に言ってはいけない言葉を教えて貰った。 


それは「サンマって」。


好きでムツになっている訳でもないのに

サンマってなんて言われると、酷く自尊心を傷つけられるらしい。 

冗談交じりで「サバっては?」と尋ねたら 

真鯖顔で「ダメです」と言われた。 


ツレがムツになって1ヶ月が経った。 

薬が効いてきたのか 

尾びれがなくなり 

足が生えて来た。 

生えた足で水を掻きながら水槽内を 

泳ぐ姿は正直、気持ち悪かったけれど 

ツレが少しずつよくなって来てることが

感じられて嬉しかった。 

だけど、翌朝には足はまた尾びれになっていた。 

回復を期待しただけにショックだった。 


もうまぢ無理・・・ 


このままツレを排水口に流してしまいたかった。 

でもそんな時に浮かんだのが祖母の口癖だった。 


「おじいちゃんがいてくれたら」


嬉しいとき。 

悲しいとき。 

笑ったとき。 

寂しいとき。


 ことあるごとに祖母はそう呟いた。 

祖父は若くしてモチとノッチとイノッチを喉に詰まらせて 

亡くなっているため 

祖母と祖父が一緒に過ごせた時間は 

ほんの僅かだったと聞く。 

ツレはムツかもしれないけれど 

今確かにここにいる。 

それが何より大切なこと。 

そう気付いた私はシンクの中から 

ツレを拾い上げて水槽に戻した。 


ある日の夕暮れ。 

隣に住む釣り好きのおじさんが 


「ツレに捌いてもらいな」


と発泡スチロールの箱を持ってきた。

「ツレはムツに・・・」 


出掛かった言葉を私は飲み込んだ。

ツレがムツになったと言う事が 

言えなかった。 

蓋を開けると、そこにいたのは 

皮肉にもムツだった。 

ムツはまだ生きていた。 

私はどうしたらいいのか判らず 

みんなの読んで良かった!

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