時速80kmの車に轢かれ13m飛ばされ、高次脳機能障害で国立大学院生が「大きい」すら書けなくなった1000日の冒険②

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前編: 時速80kmの車に轢かれ13m飛ばされ、高次脳機能障害で国立大学院生が「大きい」すら書けなくなった1000日の冒険①
後編: 時速80kmの車に轢かれ13m飛ばされ、高次脳機能障害で国立大学院生が「大きい」すら書けなくなった1000日の冒険③

脳の障害ヤバいよ!ヤバいよ!

それが早い退院を決めた理由でした。


脳の特殊な検査をする西宮の病院で最悪の評価を受けて、生きる希望がありませんでした。

一般的にはこの検査は2時間もかからないそうです。


でも、この時一つ一つの検査が僕にとっての当時の体感ですよ。

それは、まるで50mの全力ダッシュを繰り返しているようなそんな疲労感でした。

つらすぎでした。

だから、連続で検査できず、中断とやる!を繰り返しました。


例えば、こういった検査などがありました。

1、話を聞いて、聞いた内容を覚えているか言い返す。

2、図形を見て、どこにどんな形があったか当てる。

3、間違い探しをする。

など等。

そういった色んな種類の単純な作業ををこなして脳力を計るものでした。


昼から夕方になっていました。

僕は4時間以上かかったようです。


検査の結果。

切れた神経は戻らないし、これから先も劇的に良くなることはないそうです。

一生悪いままかもしれませんし、少しずつ良くなる可能性もあるらしいです。


ただ、誰にもどうなるのかわからないらしいのです。。

薬、手術・・・そういったことができません。


回復するには自分の努力しかない。

ひとつの真実は「プラスに考えても、少しずつしか回復しないことです。」

マイナスだと・・・

未来に光が見えません。どれくらい、何をすれば、どうなるという見通しもありません。

帰り際に、僕は父に電話をかけたそうです。

長野亘孝
ケンサ・・・だめ、やった。
・・・そうか。

父が言うには、僕は今にも自殺しそうな弱弱しい声だったそうです。

医者が言うには中途半端にIQがあったそうで、その落ち込みぶりに心から落胆しました。


タクシーの窓からの景色がモノクロに見えて、音がなくなり、体の中がカラッポで乾きました。

何も考えられません。


そして、一週間その事実を受け入れられませんでした。

みんなの読んで良かった!