彼女はAC(アダルトチルドレン) 人格はどう形成されるのか


 僕は大学時代、授業には出ず、アルバイトだけしていた時期があった。一昔前なら「スチューデント・アパシー(学生無気力症)」と呼ばれたような状態だ。その経験から、ひきこもり問題に関心を持ち、いくつかの支援団体に関わり、支援者や専門家の講演会やイベントにも参加するようになった。精神科医の斎藤環先生の講演会に行ったこともあった。より専門的な知識を身につけて支援をしたい、と思い、心理学も勉強し始めた。NPOが開く心理学の講座にも通った。

 その講座で、ある女性に出会った。僕より年上だが、話してみると、幼い印象を受けるひとだった。座学だけではなく、ワークショップも行う講座だったが、彼女(以下、Sさん)は講師の先生に、自分で自分の感情がよくわからない、と訴えていた。あるとき、僕はSさんに声をかけ、映画を観に行った。それから、時々彼女と会うようになった。Sさんの家庭環境を聞いてみると、なぜ彼女は自分の感情がわからないのか、幼い印象を与えるのかがわかった。Sさんの父親はアルコール依存症だった。しかし、祖父母も母親も、父親を強く責めたり、積極的に治したりしようとはせず、波風立てずに耐えることで「普通の生活」を維持しようとした。父親を刺激しないように、張り詰めた生活が続いた。父親が粗暴な振る舞いをすると、彼女が祖父母や母親から叱責されることもあった。彼女は自分の思っていることを、家族に言えなくなっていった。彼女がある程度成長した後、母親は離婚し、彼女とふたりで暮らすようになった。僕はSさんからその話を打ち明けられたとき、泣いた。

 Sさんは、父親、そしてその父親を抱え込んだ家族システムの影響を受けていた。Sさんは神経質だった。食事に行ったとき、店内の煙草の臭いがイヤだ、といって、店を変えたことがあった。僕も煙草を吸わないので、臭いは気になる方だが、やや首をかしげた。

 Sさんの誕生日に、ペンダントを贈ったことがあった。つけてあげようとすると、彼女はひどく嫌がった。彼女は手をつなぐことも嫌がった。身体的接触を忌避しているようだった。

 Sさんは小動物が好きだった。特にウサギが好きだった。友達が飼っているウサギの可愛らしさを嬉しそうに語っていた。ペットショップにウサギを見に行ったこともあった。

 彼女も自分の性格や行動の「おかしさ」に気づいていた。本を読んで勉強し、出した結論が「私はアダルトチルドレン(AC)なんだ」であった。彼女が読んだ本には、アルコール依存症者を抱える家族の子どもはACになりやすい、と書いてあったそうだ。僕も一応、彼女のその自己認識を受け入れた。

 僕は何かSさんの力になりたいと思った。彼女も自分を知り、変えたくて心理学を学んでいるようだった。力になる、といっても、「生兵法は怪我の元」。まだまだ初学者である自分にできることは、河合隼雄的に言えば「懸命に聴くこと」だけだと思った。彼女の話に耳を傾けた。


 心の働きや行動特徴の個人差が、どの程度遺伝的か、という問題は、行動遺伝学的に検討されてきた。行動遺伝学的方法には、遺伝的に等しい個体が異なった環境に置かれた場合の行動を比較するものや、遺伝的に特殊な個体が環境によってどのように表現型を変えるかを調べるものなどがあり、前者の代表的なものが、双生児研究法である。双生児研究法とは、一卵性双生児のペアの間の類似度や二卵性双生児のペアの間の類似度をもとに、遺伝的規定性の強弱を知ろうというものだ。

 われわれの行動特徴の多くは、ひとつの遺伝子ではなく、複数の遺伝子(ポリジーン)によって生み出されると考えられる。ある行動特徴を生み出す遺伝子を多く持っていれば、その個人はその行動特徴を強く持つことになる。この考えに基づけば、個人差はその行動特徴を生み出す遺伝子の数で捉えられることになる。このように、ひとつひとつの遺伝子の効果が加算的に表れる場合、そのような効果を相加的遺伝効果と呼ぶ。

 行動遺伝学では、行動特徴の類似を見るとき、比較する人々の遺伝的類似度を手がかりにする。例えば、二卵性双生児の遺伝子共有率は平均で50%、一卵性双生児では100%だということを利用する。もし双生児の類似が相加的遺伝効果によるなら、一卵性と二卵性双生児間の類似の程度は2対1になるはずだ。もし比率がもっと小さくなるものがあるなら、遺伝の効果以上に2人を似せるような働きがあると判断される。それは普通、環境の効果だと考えられる(共有環境効果)。逆に、比率がもっと大きくなる場合には、加算的でない遺伝の効果があると考えられる(非相加的遺伝効果)。

 ところで、類似の程度は、一卵性双生児でも100%にならないことが一般的だ。これは、相加的遺伝効果や共有環境効果のほかに、それぞれを似せないようにするような環境効果があることを示す(非共有環境効果)。行動遺伝学では、ある行動特徴の個人差は、遺伝効果+共有環境効果+非共有環境効果として捉える。

 人格特性として様々なものが提起されているが、最も基本的だとされるものに、外向性と神経症傾向がある。宗教性や創造性にはあまり遺伝的影響は見られないが、外向性と神経質では知能や学業成績とともに遺伝による影響が強く見られる。「心理的形質の遺伝率と共有環境、非共有環境の影響」(安藤、2000)によれば、宗教性=10%(遺伝率)+62%(共有環境)+28%(非共有環境)、創造性=22+39+39、知能=52+34+14、学業成績=38+31+31、外向性=49+2+49、神経質=41+7+52、となっている。

 ちなみに、神経症傾向に遺伝要因が絡んでいることは双生児研究から明らかだが、遺伝子に関する研究から、神経症傾向と神経伝達物質、セロトニンのトランスポーター遺伝子との間に関連があることが示唆されている。日本人には、不安傾向の強さと関連するとされるセロトニントランスポーター遺伝子の配列タイプを持つひとが非常に多いことがわかっている。また、日本人には、新奇性を求める傾向と関連するとされるドーパミン受容体遺伝子の配列を持つひとがほとんどいないこともわかっている。そこから、慎重で対立を避ける日本的パーソナリティには遺伝的な基礎がある、とも言える。

 さて、遺伝要因が優位な人格特性があるとしても、遺伝要因と環境要因は単純に加算されるものではなく、両者が互いに影響し合い、相乗的に作用すると考えるのが相互作用説だ(遺伝要因と環境要因がともに働いて一定の特性が形成されるが、個々の特性ごとに遺伝と環境の関与する割合が異なると考えるのは輻輳説)。プロミン(1990)は、遺伝子型と環境の相互作用を、受動的相関、誘導的相関、能動的相関の3つに分類している。

 知能の高い子どもの親は、高い知能を持っている可能性が高く、家の中に多くの本があったり、知的能力を促進するような会話が多かったりと、知的刺激に富んだ環境を子どもに与える傾向がある(受動的相関)。もし、この子どもの知能の高さが家族以外のひとにも認められるなら、家族以外の人々もその子どもに期待したり、様々な知的刺激を与えたりする可能性が高い(誘導的相関)。知能の高い子どもは、自ら進んで本を読んだり、大人に尋ねたりして、より豊かな知的経験を得ていく可能性がある(能動的相関)。子どもは、自らの知能を伸ばすような環境を選択するかもしれない。

 遺伝と環境の相互作用は、次のように言うことができる。

(1) 個体が親から与えられる遺伝要因と環境要因が共通の方向性を持っている。

(2) 個体の持つ遺伝要因が特定の環境的働きかけを引き出す。

(3) 個体の持つ遺伝要因が特定の環境を選択させる。

(4) 同じ環境要因でも、個体の持つ遺伝要因によってその効果が異なる。

(5) 同じ遺伝要因を持っていても、環境によってその表れ方が異なる。

 ジェンセンは、心身の発達には遺伝と環境の両要因が関与しているが、環境の適切さがある水準(閾値)を超えると遺伝的素質に応じたその性質の発現が見られるが、環境の適切さがその水準に達していない場合には、その性質の発現は大きく阻害される、という環境閾値説を唱えた。


 Sさんの特徴を心理学的に考えるなら、父親は喫煙者で、父親への嫌悪が煙草嫌いに表れている(置き換え)、と言える。異性は父親を思い出させ、身体的接触の忌避は、父親への嫌悪感の表現だ、と考えられる。ウサギへの愛着は、家族から冷遇された自分の代わりに、ウサギを可愛がることで自分を慰めている(代償)、とも言える。自分の感情に気づけないのは、一種のスプリッティング(分割)で、それによって苦痛を回避してきた防衛機制(鈍麻)だ、とも言える。彼女の過ごした家庭環境が、彼女の心的発達を著しく阻害した。「私はアダルトチルドレン(AC:オトナに見えるコドモ)なんだ」とは、そうした状況を指しているのだろう。

 「生物は遺伝子の乗り物だ」とは生物学者、リチャード・ドーキンスのテーゼだが、人間は環境に働きかけ、環境を変えることができる。そして変化した環境がまた、人間自身を変える。ジェンセンの環境閾値説は、環境の「不適切さ」についても言える。Sさんは、環境が「不適切」の領域にあったので、外向性・社交性が強く発現せず、神経症的傾向を増悪した、と考えられる。遺伝的素質がどうであろうと、異なる環境で成長したのなら、SさんはACではなかっただろう、と僕は思う。

 僕は彼女の話を聞き続けたが、当然と言おうか、特に変化は表れなかった。「私の話を聞いていて、何かわかった?」といつも訊かれたが、「それに気づくのは、自分自身だよ」と答えるしかなかった。そんなある日、僕は訊いた。「今は僕に対して何の感情も湧かなくても、時間がたったら、好きになる可能性はある?」と。「わからない」と彼女は首を振った。そのとき、僕の心は折れた。彼女の手を取って握手をし、別れた。

 彼女が今、どうしているのかは知らない。ウサギのように生きているのかもしれない。



  (引用・参考文献)

 リチャード・ドーキンス『延長された表現型』紀伊国屋書店、1987年。

 榎本博明、桑原知子編著『人格心理学』放送大学教育振興会、2004年。

 氏家達夫、陳省仁編著『基礎 発達心理学』放送大学教育振興会、2006年。







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