「心理ゲーム」を使ってコミュニケーションを  高石宏輔著『あなたは、なぜ、つながれないのか――ラポールと身体知』を読んで思ったこと

 中学生ぐらいの頃からだろうか。僕は目的や結論のない話というものに、なぜか違和感を感じるようになっていた。だから、何気ない日常会話をしながら「どうしてこんな意味のない話をしているんだろう?」とどこかで感じていた。そして「こんなどうでもいい話をしながら、みんなそれに疑問を持っていないようだけど、なぜだろう?」とも思っていた。僕は、誰が好きだの部活がどうだのといった話もいいけど、もっと話すべき大事なことがあるんじゃないのか、と漠然と感じていた。僕のコミュニケーション下手は、この辺りで明瞭になってきたように思う。

 そもそもさかのぼれば、小学校低学年のときに母が父と離婚し、母方の祖母を頼って福岡に引っ越した頃から、環境の変化に適応することを強いられていた。周囲に知り合いが誰もいない場所。コミュニケーションを取るためには、まず自分のことを説明することから始めなければならない。社会学者の宮台真司は、「片親家庭の子どもにいい子が多いのはなぜか?」という問いに「自分のことを周囲に説明する必要が生じ、コミュニケーション能力が高まるからだ」といった答えをしていた。僕の場合、片親になり、しかも環境がガラッと変わった。当時はあまり意識していなかったが、精神的負担は重かったかもしれない。

 数年福岡に住み、中学に上がり、小学校からの友達も周囲にいて、新しい環境にすっかり慣れたと思ったところで、問題が生じた。ひどいニキビ面になってしまった。思春期においては、かなりのコンプレックスだ。これが原因で、女の子とあまりまともに話ができなくなった。いじめも受けた。高校は私立の男子校に進学したが、最もニキビがひどくなった時期で、いつも萎縮していた。人に積極的に話しかけることも少なかった。

 こうした様々なことがジワジワと心に重くのしかかってきていて、大学に進学し、神奈川でひとり暮らしを始めたとき、一気に押しつぶされた。「燃え尽き症候群」的な状態になり、それでも一年生の夏休みまでは学校に行っていたが、夏休みに入ってから、まったく無気力になり、部屋にひきこもった。

 高石宏輔さんは、大学の学生相談室で初めてカウンセリングを受けたそうだ。しかし、そこで出会ったカウンセラーは彼を受容しなかった。無難に仕事をし、精神科を勧めた。それから数年間、精神科通いの薬漬け生活が始まり、精神科医やカウンセラーをたらい回しにされ、彼らに嫌悪感しか抱かなくなったという。しかし、そんな生活を何年も続けた末、親戚に紹介されてあるカウンセラーの元を訪ね、そこで真に受容され、回復に向かった。

 僕は大学で、そうしたカウンセリングは受けなかった。と言うか、カウンセリングというものを知らなかった。その代わり、僕を外へ連れ出したのは、新左翼の先輩方とバイトだった。僕は「現代思想研究会」というサークルに入っていたのだが、そこに新左翼のOBが出入りしていて、言わばオルグ拠点だった。かつて学生運動が挫折した後に生じたのが「政から性へ」の流れだったとすれば、鬱屈した僕は逆に「性から政へ」向かった。また、生活の必要から、バイトには行った。大学では学部クラスに馴染めなかったが、バイトの人たちとは仲良くできた。

 でも、今から考えれば、大学時代にカウンセリングなり心理療法なりを受けておけばよかったと思う。なぜなら、根本的な問題は解決されないまま残り、大学を中退して福岡に戻って来てから、再び精神的に不安定になった。何度かの抑鬱状態と一度の睡眠薬多量服用、自律神経失調症で倒れて救急搬送されたことがあり、心療内科通いもした。そうした中で、R・D・レインや宮台真司の著書を読み、社会的にひきこもり問題がクローズアップされたこともあり、自分に何かできないだろうかと、ひきこもり者の支援に取り組んでいるカウンセラーの講演を聞きに行くようになった。

 ちなみに、R・D・レインの『ひき裂かれた自己』の実存的不安の分析にも感銘を受けたが、最も印象的だったのは、速水由紀子『家族卒業』中のインタビューでの宮台真司の発言だった。「何かを苦しいと思うとき、苦しいと思う心があるだけなのか、自分を苦しめている環境があるのか。状況に応じてそのふたつの態度を使い分ける機会主義を推奨します」。これは、社会心理学で、前者を「内部(特性)帰属」、後者を「外部(環境)帰属」という。人は行動の原因を、内部(特性)帰属で処理しがちだということが知られている。しかし、実は外部(環境)も大きく影響しているのだ。この宮台の言葉は、僕をハッとさせた。

 さて、そのカウンセラーの講演に通ううちに、自分も何か支援活動がしたいと思うようになった。そこで、その旨を彼に伝えた。しかし、それなりに心理学を学んでいない人には頼めない、と断られた。それが、心理学を学ぼうと思うきっかけだった。ひきこもり者の家族や元当事者でつくる支援団体に入り、当事者の集まりに顔を出すようになった。そしてまた、バイトでお金を貯め、通信制の放送大学で、心理学を中心に勉強した。

 元小学校の教員のカウンセラーが開講している心理学講座に通っていた時期もあった。そこで声をかけてきた女の子と親しくなった。しかし、彼女は「オルターカレッジ」というカルト的な団体の学校に所属していた。何とか脱退させたくて、「カルトの構造」を分析して、その文章を手渡した。しかし、彼女は「東京へ行きます。お元気で」とメールを残し、去って行った。

 高石さんは、こんなエピソードを紹介している。「僕の友人にさまざまな新興宗教に潜入した人がいる。彼はその新興宗教を知るために完全に洗脳されるようにしていたという。彼は必ず、その教団のところに行く前に、机の中に手紙を残していた。教団のところに行く前に自分が感じていることを言葉にしておく。そして、帰ってきたときにその手紙を見て、どれだけ自分が洗脳されたかを知り、元に戻るというのだ」。僕はこの箇所を読んで、一瞬鳥肌が立った。

 それから、この心理学講座で、もうひとり、ある女性に出会った。声をかけたのは僕の方からだった。傾聴のワークショップを開催している団体を知り、彼女と参加したりするようになった。彼女はAC(アダルトチルドレン)だった。父親がアルコール依存症で、複雑な家庭環境だった。自分の感情や欲求を把握できず、困惑することがしばしばあった。「生兵法は怪我の元」とは思いながらも、僕は彼女の力になりたくて、過去の出来事をいろいろ聴き続けた。カウンセリングの真似事だ。あるときなどは、電話で話を聴きながら、彼女の辛さが伝わってきて、泣いたこともあった。でも、やはり、彼女に変化が生じているようには見えなかった。

 ある日、別れ際に、つきあってほしいと告白した。今は僕のことを何とも思っていなくても、時間がたったら、好きになることはある?、と訊いた。彼女はわからないと首を振った。そのとき、僕の心は折れた。握手をして別れ、もう会うことはなかった。

 高石さんは「相手に対して、あぁ分かるなぁと共感してしまったとき、分かっていないと思った方がいい」と書いている。その通りだと思う。僕は彼女に自分勝手な思いを投影していたのだ。

 でも、傾聴ワークショップの講師のカウンセラー、葉月優理菜先生との出会いは、僕に大きな影響を与えた。

 「自由」を「潜在的選択肢の多様性」だと考えてみる。自分がそれまで考えたこともなかった行動の選択肢が浮上したら、それはより自由になったと捉えることができる。

 数回の傾聴ワークショップを体験した後のことだった。僕はひとりで東京事変のコンサートに行った。僕からやや離れた席に、女性がひとりでいた。コンサートが終わっても、連れらしき人は現れなかった。会場を出たところで、頭の中に「彼女に声をかける」という選択肢が浮上した。ナンパだ。それまでナンパなんて、かなり渋々ながら、友達とふざけて一度したことがあるだけだった。ちょっとためらったが、僕は小走りで彼女を追いかけ、声をかけた。結果、断られた。でも、そのときの僕は、傷つくどころか、とても嬉しかった。新たな行動の選択肢が生まれただけで、大きな進歩だ。実行までできたら、もう結果は問題じゃない、と思ったのだ。人は自分の思考がいかにパターン化され、硬直しているかに気づくと、不思議と自己調整を始めるものだ。その調整の過程で、それまでとは違った行動の可能性が開けることがある。

 ちなみに、「自由=潜在的選択肢の多様性」と社会の発展の関係を述べると、前近代(選択肢自体の不足)→近代過渡期(選択肢の増大とリソースの不足)→近代成熟期(選択肢の増大、リソースの増加と選択能力の不足=選択前提の非自明化)、となる。

 さて、高石さんはこう書いている。「誰でも、ハッと何かに気づいたとき、取り掛かれなかったことに取り掛かれるようになったことがあると思う。勇気を出すか出さないかではなく、何かが欠けているから、取り掛かろうとは思えないだけなのだ。その欠けていることを無視して、勇気を出してやろうとすれば、無理をして、緊張してしまう」。自分の思考でも行動でも、本当に何かの気づきを得ると、自然と何とかしようとし始める。欠けているものに気づけば、それを克服しようとする。そうしているうちに、あるとき、思いがけず新たな行動に乗り出せたりする。

 葉月優理菜先生がファシリテーターを務める宿泊型のワークショップに2度参加した体験は、とても貴重なものだった。ゲシュタルト療法理論をベースにした「ゲシュタルト・アウェアネス・プラクティス」というワークだった。日常とは正反対のことをし続けることで、徐々に「変性意識状態」に入る。高石さんもボディワークを重視しているが、ゲシュタルト療法でも身体に注目する。たとえば、このワークショップでは、自分の身体の動きを意識しながらゆっくりと歩く「ウォーキング・メディテーション(歩行瞑想)」というワークがある。また、医師の大村雄一氏が考案した「ヒーリングダンス」(現在は「中心神楽」と改名)も取り入れていた。「ダンス」と言っても、別に決まった振付はない。ただ自分の好きなように身体を動かし続けるだけ。一定の時間以上そうして身体を動かしていると、だんだん感情が表に出てくる。そしてカタルシスが訪れる。ワークでは「今、ここにいる自分(の身体)」を感じ続けるようにアドバイスされる。そこで気づき(アウェアネス)を得て言語化・行動化することで、古いゲシュタルトを壊して新しいゲシュタルトを生きようと試みるのだ。

 しかし、このワークショップで知り合ったある男性のことを思い出すと、申し訳ない気持ちになる。

 僕はこのワークで得た身体感覚を、他者との接触の中で捉え直したいと思った。そこで、デリヘルの女の子に協力してもらって、いろいろ試してみた。その体験について、誰かに意見を求めたかった。ワークで知り合った、僕よりも年上のその男性に事前にメールして、自分がした体験の簡単な内容と、どう思うかを聞かせてほしいという旨を伝えた。もし、意見を頂けるなら、より詳細な内容を書き送りたい、と。彼からの返信はこうだった。「自分はあるワークショップで、人の話を聴いているときに、相手が急に怪訝な表情になり、話を中断してしまったことがある。たぶん、自分の聴き方が悪くて、相手を怒らせてしまったのだと思う。あなたが何か報告してくれても、期待されているような意見は言えないと思うので、やめておいた方がいいと思う」。しかし、僕は、どうしても伝えたくて、彼に詳細な報告をメールした。返信は不要だ、と書いて。まったく身勝手な行動だったと思う。

 高石さんはこんなふうに語っている。「風俗のスカウトマンをしていたとき、僕の仕事を、『大変な仕事ね』と気遣って言ってくるような人にはお店の情報に嘘を混ぜて良く見せたり、嘘をついたりすることはできなかった。なぜならその人は、僕に意識が向いている。反対に、紹介される仕事の内容のことを細かく聞いてくる人間には簡単に嘘がつける。なぜなら、彼女は自分のことで精一杯だからだ」。僕は自分の体験に没入しすぎるあまり、相手に意識を向けることをおろそかにしてしまっていた。結果、関係を壊してしまったのだ。

 放送大学で心理学を勉強し、心理学講座で学び、傾聴ワークショップやゲシュタルトワーク、そしてまたボランティア関連のワークショップを体験する過程で、気軽に他者とコミュニケーションを取るには「ゲーム」という形式がいいと知った。そこで僕は様々な「心理ゲーム・テスト」を考えてみた。「心理ゲーム・テスト」とは言っても、実際はコミュニケーションの触媒的要素が強いものだ。ワークショップで知ったものをそのまま利用しているものもあるし、自分なりにアレンジしたものもある。「心理テスト」的なものもあるが、別に相手を診断したり決めつけたりはしない。その結果について、相手と話し合いながら、その人の考え方や性格を浮き彫りにしていくというものだ。

 一応「アイス・ブレーキング」用と「メイン・セッション」用に分けて考えることができる。名称を列挙してみると、前者には「マイ・プレゼント・フィーリング」「7つのポーズ」「タイム・スケジュール」などがある。後者には「物語療法」「プラウド・ゲーム」「プリーズ・プレイズ・ミー・ゲーム」などがある。両方で使えるものとしては「『喜怒哀楽』表」「人生曲線&心年輪」などがある。僕がいちばんよくやるのは「喜怒哀楽」表だ。二次元グラフ(平面直交座標系)で例えると、第一象限に「喜」、第四象限に「怒」、第二象限に「哀」、第三象限に「楽」と記し、半年から一年の間で起こったことを「喜怒哀楽」に振り分けて箇条書きしてもらう。そして、そのエピソードを聞いていき、疑問が湧いたら尋ねる。20~30分で、相手の人となりがぼんやりとつかめる。初対面の相手との緊張を和らげ、ラポールをつくるのに適していると思っている。不意に発想したのは7つのポーズで、女優の夏木マリさんが手がける舞台『印象派』のワークショップで、音に合わせてそれぞれ違うポーズをつくるというトレーニングが行われているのをテレビで見て、これは「心理ゲーム」に使える、と思ったのだった。実際、心理療法には「動作療法」というものがある。

 様々な人とやってきたが、風俗で働いている女の子に「心理ゲーム」をしてもらうときは、お金を払って勉強するつもりで臨んでいた。宮台真司がナンパを始めるきっかけになった存在、早稲田大学教授の丹下龍一氏は、ホテトル嬢をラブホに呼んで、身分を偽る彼女たちに、どれだけ短時間で本当の身分を語らせられるかという「実験」をしていたという。丹下氏は語る。「知らない人と一瞬で親しくなるのは難しいと誰もが思う。その前提が都会に生きるのを難しくする。でもそれはコミュニケーションの仕方を知らないからだ」。

 この本を読み始めたとき、腹の底から湧き上ってきた感覚があった。読み終えた後、それが何なのかわかった。それは「確かに自分もそう感じ続けてきた」だ。ゲシュタルトワークに参加したとき、終了間際で号泣したのだが、それまで求めてきて得られなかったコミュニケーション環境がワークではたまさか実現されていて、そこから去るのが寂しかったからだと思う。その寂しさを、読んでいる間中、ずっと感じていた。

 宮台真司編著『「絶望の時代」の希望の恋愛学』中で、ある体験後の自身の状態について、宮台はこう語る。「感情が働かなくなったので、さして欲望も強くなくなり、ナンパと分離したフィールドワークができるようになります。そこでは『社会学者なのに、自分は社会を知らない。もっとわかるようにならなければ』という動機が再燃します。高石さんも僕もハングリー精神のような抽象的動機じゃないんだ。じゃあ何か。一口でいえば『構造的な必要性』に対する理解だよ。高石さんは『カウンセラーがクライアントよりも弱いなんてあり得ないから、強くなる必要がある』と思った。僕は『社会学者が社会を知らないなどあり得ないから、社会を知る必要がある』と思った」。これに応じて、高石さんは答える。「それって、いわば客観的な姿だと思うんですよ。宮台さんが今おっしゃったのは、多少の被害妄想もあるかもしれないけれど、わりと客観的な姿を自分で見つめられたわけですよね。僕自身も吃音があって、ちゃんと話せないのに、『カウンセラーになろう』とか思っている時点でおかしかったと思います。そういうおかしい部分を見つめるのって、精神的に辛いじゃないですか? でも、そこを見つめると、やるしかなくなる」。

 僕も「構造的必要性」に衝き動かされて、いろいろな行動に乗り出してきたのだと思う。「コミュニケーション下手を何とかしたい」「人の行動の原因や心理状態を知りたい」「宮台真司のように〈社会〉と〈世界〉を理解したい」。

 『あなたは、なぜ、つながれないのか』は、そうした原点を思い出させてくれる本だった。



  (引用・参考文献)

 速水由紀子『家族卒業』朝日文庫、2003年。

 R・D・レイン『ひき裂かれた自己』みすず書房、1971年。

 宮台真司編著『「絶望の時代」の希望の恋愛学』KADOKAWA/中経出版、2013年。

 高石宏輔『あなたは、なぜ、つながれないのか――ラポールと身体知』春秋社、2015年。






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