ボクと彼女と就職活動

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「ホタテノスシガデキタノ・・・」


長い沈黙を破りようやく零れ落ちた彼女の言葉を

都合良く脳内変換してみたが

すすり泣く彼女の前で 現実逃避は無理だと直ぐに悟った。

土砂降りの中、天気予報を見るくらい

彼女が伝えたいことは明らかだった。

それでも受け入れ難い現実を少しでも遠ざけたくて


「えっ?何?」


と聞き返した。

涙声のせいで さっきより「ホタテノスシ」っぽく聞こえたが

無論彼女が言いたかったことは 好きな寿司ネタの話ではなく

警察学校で同期だった男性を好きになってしまった。

だから別れて欲しいとのことだった。

頑固な彼女が決めたことには

何を言っても無駄だってことは 経験則から理解していたけれど

心変わりした理由がどうしても知りたくて

何で?と尋ねた。


「・・・ 学生の頃は夢のあるあなたがかっこよく見えたけど

今は普通に働いている人が格好よく見えるの・・・」


彼女の言葉を聞いた瞬間、愕然とし 吐きそうになった。

サラリーマンなんてつまらない人間の なるものだと思っていた。

自分は矢沢永吉の様にギター一本で

成り上がるミュージシャンになると信じて疑わなかった。

だからと言って特別な何をする訳でもなく気の向くままに

ギターをかき鳴らしていたら

瞬く間に4年半の大学生活は終ってしまっていた。

そして今の自分は・・・ ただの無職だ。

自分では世俗に染まらない無色のつもりでいたが

彼女から見たら勤労と言う国民の義務も果たせない

サラリーマンより遥かに格好悪い

ただのクズ野郎に成り下がっていた。

大好きな彼女を失いたくなかったけれど

引き止めるための言葉はどこにも見当たらず

ただ言えたのは「ありがとう」だけだった。

こうして2年半続いた彼女との関係は終わった。

いつも傍にあったものを 失ったショックは大きかった。

それが自分の愚かさが招いた結果だと思うと

後悔してもしきれなかった。

そして、大好きだった彼女が今はもう別の誰かの腕に抱かれていると思うと

嫉妬で狂いそうだった。

寝ても覚めても浮かんでくるのは彼女のことばかり。

何も手につかなかった。

それまでの人生一度たりと食欲が落ちたことはなかったけれど

この時ばかりは食事が一切喉を通らず一ヶ月で10kg近く痩せた。

見かねた友人たちが女の子を紹介してくれたり

合コンに連れ出してくれたりしたが

前向きになることは出来なかった。

どうしても彼女ことを諦められなかった。

何をやっても無駄かもしれない。

でも仮に1%でも気持ちを取り戻す可能性が

あるとするならばすべきことはただ一つ。

「就職」だった。

彼女に認めてもらうためとは言え

就職に向け踏み出すには勇気が必要だった。

ギターを置くことに抵抗はなかった。

自分に才能がないことは薄々気づいていたから。

それ以上にあったのは社会の歯車になることへの不安。

今までやりたくないことからは一切目を背け

好き勝手生きてきた自分が ルールで縛られた社会に

適応出来る自信がなかった。

父親の様に朝早く起きて会社に行き 終電近くまで働き帰宅する。

そんな働くことを生きがいにした生活を送る自分の姿が

想像出来なかった。

それでも私の取るべき道は就職活動以外なかった。

就職しようと思ったものの

音楽以外にやりたい仕事なんて何もなかったし

何をどうしたら就職出来るのかさっぱりわからなかった。

それでも一日でも早く就職したかった私は

アルバイト先の司法書士事務所に就職を試みた。

司法書士事務所に勤めやがて司法書士なんて

たいそうな資格を取れば 彼女も認めてくれるだろうと思った。

所員の方たちからも卒業したらそのまま就職したらどうだと

冗談交じりで言ってくれていたので

自分さえその気になれば就職出来る自信があった。

所員の募集はしていないか所長の奥さんに尋ねると


「所員は募集しているけど・・・君は今月いっぱいで・・・」


就職どころか思いがけずクビになった。

彼女に振られてうつ状態だった私は

遅刻、早退、欠勤を繰り返していたため

当然と言えば当然の結果だったが

完全にあてが外れてしまった私は途方に暮れた。

とりあえず、友人のアドバイスに従い

就職情報サイトなるものに登録し求人情報に目を通した。

就職氷河期なんて言われる時代だったが

そこには沢山の求人が並んでいた。

相変わらずやりたい仕事なんてものは

全く見えてこなかったけれど

色々な求人を見比べているうちに

自分が仕事に求めるモノは見えてきた。

ずばりそれは「お金」と「見栄」。

ミリオンセラーのミュージシャンの様に

大金は稼げなくてもそれなりに余裕のある暮らしが

したいと思ったし人前で格好つけられる仕事がいいと思った。

そんな条件で探してみるとぴったりと一致する求人を見つけた。

初任給:25万円。

職種:人材派遣の営業

社名はテレビCMよく耳にするものだった。

これしかない。

私は迷わず履歴書を送った。


入社試験を受けた帰り道。

どうしても頑張っているアピールをしたくなってしまった私は

彼女に電話をかけた。

すると、電話に出てくれたものの 冷ややかな反応だった。

話せば話すほど彼女の心が離れていくのを感じた。

それでもどうにか切られないようにと

すがるように話していると

やがて携帯の向こうから見知らぬ男の声がした。

「もう嫌がってるんだからやめてやれよ」

新しい彼氏だった。

瞬時に脈拍が上昇し 頭が熱くなって行くのを感じた。

言いたいことは山ほどあったはずなのに

みんなの読んで良かった!

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