お寺で育った幼少期、異国での日々、3.11での被災、ライターで食いつないだ東京でのじり貧生活...こわがりだった私の半生の中で、唯一ゆずれなかったもの

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次話: 永い準備期間を経て、とある孤高の作家と出会い、本当に好きなものが仕事となった話

受け取ったイメージを

原稿にしようとパソコンにむかった。

たしか、トウモロコシの話だったよね。

自分に書けるのかな? ドキドキしながら

ロクにさわったことのないパソコンを開いた。

ゆっくりとパソコンのキーボードを押すと、

自分でも予想しなかった話が出てきた。

出だしはこうだった。


『ある晴れた、日。遅めの昼食を終えて交番に戻ると、一人の男が大暴れしていた。』


あれ? たしかトウモロコシの話じゃなかったっけ?

だけど出てきた話はまったく違う話だった。

指はすらすらと嘘みたいに原稿を書いた。

自分でも予想のつかない展開。

次の一行がどんな文章になるかわからない。

おもしろいんだか、おもしろくないんだか。

疑問を抱く暇もなく書き出してみた。



午前4時。

最初の作品ができた。

簡単に原稿が書けて自分でもおどろき興奮した。

私って天才なんじゃないだろうか?


それは警察官の話だった。

トウモロコシとはまったく関係のない。外国が舞台の話。

この時点で一度も外国に行ったことがなかったので、

外国の話が出てくることに不思議な感じがした。



さっそく、

友達の編集者に作品を見せた。

編集者はじっと原稿を読んだ後ひと呼吸。

私の顔を見るなり大笑いした。

「外国に自動販売機なんて、ねーよ」


そうだったんだ!


私はショックで言葉を失った。

知らなかった! 自動販売機がない!

こんなに夢中で書いたのに。

天才かと思ったけどそうじゃなかった。

はじめて出来た「書く」という作業。

私はこれまでの経験がやっと表現できた!

っと、思った。興奮してうれしかった。

自分の経験が報われた!っと思った。


けど、そうじゃなかった。

外国に行ったことがないのに

外国の話を書いた、ただのバカだった。

自分にはもう何もない。からっぽだ。

小さいころからの夢はあっけなくぺしゃんこになった。

それから書くってことをしなくなった。

トウモロコシのインスピレーションは封印した。





24歳。

私は、編集者をやめて雑誌のライターになっていた。

取材にインタビューにテープおこし。

はじめて経験することばかりで、何もかも新鮮。

とても楽しかった。仕事はどんどん増えて忙しくなっていった。

徹夜で原稿を書いて、寝ないで撮影にいくことも増えた。

忙しくなればなるほど体は疲れていった。

流行を追って伝える日々。

それはまるで回っている洗濯機に

必死でしがみついているような感覚。

最初は楽しかった仕事も、忙しさのあまり

だんだん疲れがたまってきていた。

こころの片隅で、これが私のしたいことだっけ?

そんな疑問が頭をかすめはじめた。

そうじゃないような気がする。

でも、それに気がつきたくない。

作家として作品が書けなくなった今、せめて、

“ライターとして、書く仕事でお金を稼いでいる”

という事実が自分を支えていた。



ライターをはじめて4年。

忙しい日々を送ることに限界がきていた。

今思えば忙しいことではなく、

本当は書きたいことがあるのに違うものを書いている、

という現実に限界がきていた。

しばらく休むか、旅に出るか、

なんかしらの切り替えをしたかった。

そんな時。取材で占い師さんに

インタビューする機会があった。

私は、おもいきって自分のことを聞いてみた。



私。

「旅に出ようかとおもってまして」


占い師さん。

「あなた、ロンドンよ! しかも、旅じゃなくて、住むのよ」


え!! ロンドンって。

行ってみたこともなければ、行こうと思ってもみなかった場所。

住むって、何? 外国に住むなんて、思ってもみなかった話。

急にそんなことを言われてしまって驚いたけど、

私はどこかで、ワクワクしていた。

こうやってワクワクするのはいつ以来だろう。

それは思い出せないくらい、ひさしぶりのことだった。



それから、ロンドン関係の本が目につくようになった。

ロンドンの夢までみるようになった。



そしてある日、

友人づてに、ロンドンのフラット(アパート)に

あまっている部屋があるから住まないか? 

と、オファーがあった。


これはもう行くしかない。

私は腹をくくった。


「ライターをやめて、ロンドンに行きます」

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