村上もとか とわが青春:これも実際村上先生と会ったのだ。

私は、剣道初段である。
普通
子供の頃から、地元の剣友会に通って
剣道はやるもんのようで、
高校時代に剣道部の門を叩いたら
男子の初心者はほとんどいなかった。。。。
当時、六三四の剣という名作が
少年サンデーに連載されていたのだ。
椎名誠の哀愁の街に霧が降るのだ
の舞台になった市立千葉高に入った私は
漢の世界にあこがれて
剣道部に入ったのでした。
剣道部は足の皮が全部剥けて
竹刀で叩かれて
暑くて、ぞうきんがけも大変で
非常に厳しい稽古が待っていた。
しかも、みんな、剣道経験者。。。。
しかし、何とか、1級、初段を
在学中に合格することができて、
みごと有段者になれました。
*いきなり初段の試験は受験できない決まり。
六三四の剣は
岩手の虎と言われた剣豪の父の非業の死と
六三四の成長を描いた素晴らしい作品で
剣道部の修行に耐えられたのも、そのおかげ
だったような気がする。
で、そのあと風を抜け
の連載が始まったのだ。
これが、モトクロスをテーマにした作品。
村上先生はドロファイターという名作を
初期に描いており、レースものも熱いわけです。
当然影響を受けて、大学に入ったら
当時、フルモデルチャンジをして
モトクロッサーレプリカになった
DT200Rを買いましたよ。
しかも、最終的にエンデューロー仕様にして
学生レースに出場もしました。
そんな私の青春は村上もとかの世界をそのまま
生きたような気がしております。(あくまでも
気のせいです。)
で、卒業して、就職して、これがまた
機会があって、村上せんせい
に直接お目にかかる機会がありました。
村上先生は落ち着いた雰囲気の素敵な方で
JINのような人でした。
「先生の作品が大好きで、剣道、モトクロスをしてたんです。」というと
「それは、あなたの人生を狂わせてしまいましたね。」と
ゆったり先生は微笑みました。
クライマー列伝の影響は受けなかったので生きてますとはいいませんでしたが、先生は、素敵な方でした。
夢とロマンとやさしさ。
作品のような方だと思いました。
ぜひ、長生きして活躍して欲しいです・。

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