イジメられっ子 鎮魂曲

『あなたはひたすら本読んでなさい』


今考えたら、異常な光景だった


新入社員のペーペーな自分1人対多数の職場

今思い出しても、吐き気を催すほどの刺さる言葉を受けた覚えは星の数程ある


その思い出す言葉の全ては、

19歳の頃の4月から7月に集約されており、30歳になった今も更新される事はない

消えないんですよ。トラウマになってしまって。



何故、自分がここまで言われなければならないのか

何故、僕だけが、ここまで責められなければならなかったのか

何故、僕はそれでも辞める道を選ばなかったのか



あの日、あの時、あの言葉


さて・・   どこから話しましょうかね。


これは、僕が19歳の頃、初就職先で起こった事を綴った独白話です。


ムナクソな事を書くことが多いですが、お付き合い下さいね



『あー、俺らもこれで社会の歯車じゃーwwwwww』


2004年の3月、僕らはカラオケボックスではしゃぎまくっていた


高校が工業高校で就職する奴が大半だったから、大学生活を送る人間なんて

クラスの3割居ない程度だった。キャンパスライフに夢見る奴も居れば、これからの社会人生活に

阿鼻叫喚してる奴も居て・・   

高校の思い出!ってことで連日連夜遊びまわっていたんです


そんな奴ら10数名と一緒に熱唱した「DANZEN!ふたりはプリキュア」は、今連れ同士で集まっても必ず歌われる鉄板ソングとして語り継がれることになったのだった(ヲタク多かったんですよ^^;)


女っ気全くなしの今思うとひじょ~に残念過ぎる部屋でも、あれだけ楽しかったのは       「若さゆえの至り」というモノだったんだろーなぁ


そんなムサイ部屋での合唱大会も終盤に差し掛かって、一番の友人が一言

「おい、ジュンよ~、オマエ良かったなぁ~いいとこなんだろ?入れるのは」

慣れない焼酎を飲んでいるせいか、手足よろつき気味だし、臭いし^^; そいつのクチを抑えながら

「まーね、一応大手らしいから。良かったかもね」


そう、僕は割と県内大手の企業に就職を決めていました


業種は冠婚葬祭業で、地元岡山県の老舗大手で、絶対安牌だと言われていた会社の一つだった

「良いなぁ~、俺もそういうとこ行きて~わぁ~~」

父親の後を継いで溶接業の下手間要員となることに決まっていた友人は、本気で僕を羨ましがっていた

そして羨ましがられた僕は若干誇らしかった(笑)


小・中・高と素行も良くなく、成績だって下の下で、

取るべき資格もまともに取っていなかった自分だけど、なんとか立派に社会人として務める事ができる

祖父から薦められてやっていた柔道も、とてもいい成績で終わることが出来なかった僕も

これでようやく胸を張って社会で役に立つ事ができるんだ!


僕の心はひとつの不安もなく、期待でいっぱいだった

父も母もサラリーマン。そしてオマエも、サラリーマン


僕が就職活動をしている頃、911テロがあって世界情勢的にとても不安な時期だった

もちろん日本も例外でなく、原油は高騰し海外製品の物価も軒並み高くなり、

オマケに就職戦線はといえば「氷河期」と言われる程で・・

正直僕みたいな劣等生が地元大手に就職が決まるなんて、夢にも思わなかったんです


心の友
で・・どうやって、受かったんだよ
ジミィ
たまたま・・他に受けた連中が別のとこに決まったから、超滑り込みセーフだったらしい
心の友
・・一生分の運使ったとか言われたろ、お前

理由はどうあれ胸を張って「俺立派に社会人になれたんだよ!」って名刺を配ることが出来る
事になりますた


元々、うちの家系は全員サラリーマンで、

父はJTを務めた後に警備会社へ就職し、母は大手小売のパート社員をしており、

妹も母と同じ系列の正社員をしており、自営なんて物は全然縁遠い存在だったんです


だから僕自身必然的に

「良い会社に入って、結婚して、そこで務め上げて人生を全うしろ!」


そう言われ続けて生きてきたので、それ以外の人生なんてありえないと思っていましたし


中学の頃、声優になりたい!っていう夢を持ったとしても

なれるかどうか分からないモノなんて追うものじゃないなぁ・・ って心の何処かでおもっていたから、サラリーマン人生をいってしまえ!って決めました


結局それから4年後、脱サラしてその夢を追うことになるんですけどね

まぁ、それはまた別の話で


友達とはしゃぎまくり、皆に祝ってもらいながら迎えた、入社日である4月1日



僕は。どん底に突き落とされました


あなたには、常識がありませんね


2004年の4月1日は、忘れる事が出来ない記念日となった

もちろん・・ 悪い意味で



早めに会社に着いて、配属の挨拶をしようと

上司のところへ行き「本日付けで配属になりました片岡です」と名乗ったところで

あなたは、今日は何をするのか知っているんですか?
ジミィ
え・・?すみません、何も聞かされてません・・
ハァ~・・(ため息)
ウチは冠婚葬祭の会社です、お葬式以外何をするんですか? 何をしにこの会社に来ましたか?
ジミィ
いや、別に、仕事しにですけど
・・今決めなさい。今日帰りますか?
あなたみたいな常識が無い人を、育てるほど私達は暇ではありません

と言われても、すごすご帰るほど愚か者では無いので

(中学の頃は普通に帰っていたので、次の日先生にシバかれまくってた)


「いえ、私は、ここで働きますから!」   


よく言った俺!って感じで有頂天になっていたら

「そうですか。じゃあ、これを読んでおいて下さいね」


と渡されたのが、辞典くらいある本だった。


これを読めというのか?変わったことさせる・・だけど何が何でもやらなければ!

と思って、デスクに向かい読み始めたら、その上司は庭を指を指しながら

何をやってるんですか!
ここで読んで下さい!!

庭に出て本を読もうと広げると、一言


「音読はどうしたんですか?」


つまり、この辞典みたいな本をひたすら声にだして読み続けろということでした

読んでいると社員さんが続々入ってきました。ですが「私が良いと言うまで辞めるな!」

と言われていた為、読む手を止めることはありません


恥ずかしいやらよく分からないやらで、時々ジロッと見ていく目が死ぬほど突き刺さってきました

時々笑い声なんて聞こえましたし


それから一時間後。死にたくなってきたのを我慢しながら読んでいると

「朝礼します」と言われたので庭から事務所の中へ入ると


僕の自己紹介も無しに、いきなり業務連絡に入りました

社員皆キョトンとしています。まぁ、僕が一番ビックリしましたよ、普通は新入りが入ったら

皆の前で挨拶をするのが普通だと思っていたので


「・・まぁ、良いか」

と意味がわからず業務連絡をなんとなく聞いていると、僕に音読させた上司が

「じゃあ、さっき読んだものをココで発表して下さい」


・・?          さすがに「意味が分かりません」と言ったら


「はやく言いなさい!発声準備は出来てますよね!


ワケが分からないままに、さっきの文を読んでいると

「読み方が遅いです。あなたのせいで5分無駄になりました。反省してくださいね」

と冷たく言われました


そしてその後、その上司は僕に

「上司の◯◯です。いつまで居て下さるのか知りませんが、よろしくお願いします」

これまた冷たく。言い放たれました


そしてその後「何をすれば良いでしょうか?」と聞くと「自分で考えなさい」と一言

僕は、すでに限界でした


ここまで、事務所へ入ってから1時間半しか経ってません

その間、僕は「社会人として生きる事の苛酷さ・絶望感」をひしひしと味わっていました


後で聞くと、その上司は四国のとても良い大学の出身で、

しかしお客さんを怒らせるような失態をしてしまった為、降格。その直後に来たのが

僕みたいな高卒・赤点常連の劣等野郎だったのが、気に食わなかったそうです


あれですよ

「なんで◯◯大卒の私が、こんなアホを面倒見ないといけない!」

っていう感覚だったんでしょうね


まぁ、そんなことは知ったこっちゃないですが

これからこの会社で生きていく上で、この上司と共にやっていかないといけないと思ったら、

吐き気が湧いてきて、その日の晩、嘔吐で寝れませんでした


だけど親も回りの友人も、自分を期待してくれている。

そう思うと簡単に辞めるワケにはいきませんでした。限界は来てしまったかもしれないが、

必ず突破口はある


ここで務め上げて・・立派な社会人としてデビューするんだ!!!!!



ぜってー負けねぇ


謎の決意をしたのも、ちょうどこの日でした


また次回に続きます



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