貴裕はどうやって拓人になったか

3 / 8 ページ


最初は確か探し回っただけでたどり着けなかったんだと思う。


何度目かの挑戦で発見して侵入に成功する。


目の前にはイロんなグッズがにょきにょきと並んでいて、それだけでドキドキした。


さらに平積みされた各種雑誌に立ち並ぶビデオ。


表紙やジャケットを見るだけで今まで味わったことの無い高揚感に襲われた。


そんな空間にガンガンと流れる“LOVE マシーン”や“ガタメキラ”…。


当時は歌ってる人達の名前等全く分からなくて、その歌を聞くとショップにいるような気分になったものだった。




頑張り過ぎて腰を壊した高3の夏。


何で頑張り過ぎたのか。


テニスなのかそれとも…。


大学受験を控えていたけど、どんどんやる気は無くなっていき、違うやる気だけが徐々に膨らんでいってたような気がする。


その“気”を晴らすべくショップには結構通い詰めた。


雑誌を買ったりビデオを買ったり。


2度程ショップを出たところで声を掛けられて、めっさキョドって逃げたこともある。


当時は本当に純粋だったから。




で、4回目の初めて。


これがはっきり思い出せないのだけれど、たぶん19の冬だと思う。


結局現役の時には受験を失敗して浪人していた。


部活の友達もほぼ皆浪人していた。


そんな2年目の受験の打ち上げで後輩を引き連れて『北の家族』に美味いビールを飲みに行った時だったと思う。


当時にしては気持ち良く酔っ払って、気持ち良過ぎてムラムラしてきていた。


どうにかして周りのヤツらより早く捨てようとその時心に決めたのだった…。


で、相手を探して………。


その時は前も後ろも済ませて、さらに発射スイッチまで見つけてもらった。


意外にあっさりとした初めてだったような気がする。




そんなこんなで、ずっと一人の世界に閉じ籠ってた時期も終わりを告げることになる。






めでたく合格した大学ではタダでインターネットを使いたい放題。


最初は好きな画像探しから始まった。


見つけた画像は何度も同じサイトへ行っては見ていたが、そのうち保存をしたくなるのがオトコの常で。


学校のプリンタ使ってそういう画像を印刷した。


プリンタが調子悪くて止まったりするとかなり焦った。




そのうち画像掲示板だけではなく、スレ式の掲示板に移っていった。


そしてそこで初めて友達というか知り合いを作ってみようと思い始める。


当時はBJとMNが盛り上がっていた。


KOはまだ駆け出しで、CBはできていなかった時代のこと。




投稿。


今考えると恐ろしいことだけれど、当時はサブアド等知らなかったから大学から貰うアドレスで投稿したのだった。


おかげで同じ大学の人やアドレスを見て大学が分かる人からどんどんメールが来た。


最初ということもあって本当にテンパった…。


削除依頼を速攻で出した。




そこでメールをくれて、ある程度続いたのが3人。


タメ1人と年下2人。


一番仲良くなれた(と思った)のがタメの人で、同じキャンパスに通ってる人だった。


『根っこの部分が繋がってる』人と話せるのがすごく嬉しくて、ひたすらメールをした。


コンビニの夜勤中に 5,000字近いメールを送り合ったりしていた。


で、いよいよ会ってみようか、ということに。


ドキドキドキドキ。


イロんな話をしていたから本当にドキドキした。


で、会ってみると…。


今思えば違ったんだろう。


だからこそ拒否したんだと思う。


当時はまだ厚い壁を周りにそびえさせてたし、そういう態度は相手からしたら、“メールと印象が全然違う”と映ったらしい。

著者の對馬 貴裕さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。