フィリピン、セブにて我が子に北海道弁で語りかける話
セブの友人H君の息子ヤキチと初対面。
H君が息子に関してうれしかったことは「息子に話かけるときに北海道弁が出た」事だったらしい。
この感じ、わかるだろうか。
もともと、標準語使いではない自分にも同じような経験があったので、H君のうれしさについてもわかるような気がする。
つまり、標準語使いでない人間にとって、標準語はいわば「外国語」というか、それは半ば意識的に使われる言語なのだ。普段は、長年のトレーニングによってその「構え」のようなものを意識することはないが、非常にくつろいだ状態などの時にその「構え」が外れ、無意識的に生まれ育った環境で使ったことばが出るときがある。
それは、まさにMother Tongue(母語)というもので、何の「構え」もない状態で話される無防備な「素のままの自分」の声である。
H君のうれしさというものは、そのような何の「構え」もない「素のままの自分」で息子と接することができた喜びだろうと思う。
ヤキチ君よ、家族の愛情をいっぱい受けて、すくすく育て。
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