何度後悔しても懲りないバカの半生の話(6)

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やがて訪れる黄金時代


この時期の自分を、僕はもっとも好きだった。


へりくだる必要もなく、よく見せる必要もなく。

幼い頃のように、ただ奔放な自分でいられたからだ。

この時出会った素晴らしい友人たちの存在が、薄っぺらな僕が手にした唯一の財産か。


きっかけこそ下らないもので、最初はふざけあっていただけの関係性。

やがて腹を割って話していく内に、それがより深く、より密なものへと紡がれていく。


学校に行けばあいつらがいる。

そう思うと、重いだけだった通学路を踏みしめる足取りも、自然と軽快に歩を進めることが出来た。

部活動を始めたことで、それが良い方向に働いたというのもある。


まともにスポーツなどしたことの無い運動オンチの僕は、2年になると野球部に入部していた。

部活動が義務付けられていた僕の中学校では、帰宅部を選択したい連中は書道部に入部する。

当然、やる気などハナからあるわけもない僕は、1年の時にこれを選んだ。


「書道はスポーツです」


などと嘯いては、真面目に書道を習っている同級生たちを尻目に、野球部に入るまでの僕は先に挙げたO君らとともに、早く帰宅することだけを考えながら、部活動の時間を無駄に過ごしていた。


確かにここでも友情を育むことはできたのだが、野球部に転部することで、体育会系のノリに触れながら、広く浅く様々なタイプの人種に出会い、僕は極度に内向的な性格にならずに済んだ。

その点においても、ヤンキーの先輩方や、後に挙げる破天荒M君達には感謝をしなければならない。

あの頃は、今の惨めな自分と引き比べてというわけではなく、本当に楽しい日々だった。


冬間近の寒空の下、上半身をむき出しにして、公園の水飲み場で髪を染めた思い出。

友人卓にゲーム機を持ち寄り、2つの部に別れて16人トーナメントを開催した思い出。

薬物中毒者と思しき悪漢に突然車で追い掛け回され、自転車の二人乗りで逃げ延びた思い出。

学校対抗の喧嘩の助っ人にたったの4人で乗り込み、相手が30人ぐらいいて他人のフリをして乗り切った思い出。


どれをとっても、下らなくて笑える、今に至るまで酒飲み話の良い肴だ。

そのまま三年生に上がった僕は、もうほとんど学校を休むことはなくなっていた。

そうすることがもったいないと思えるほどに、学校で仲間達と会うのが楽しみだったからだ。


勉学は言わずもがな、部活動も筋トレ以外はあまり頑張った記憶がない。

中学生活の終わりかけには、授業中居眠りをしてばかりだった。

遊ぶために学校に通っていたようなものだったが、僕としては、それでも良かったと思う。


ここで勉強の大切さを学んでおかなかったことは、確かに後に大きな後悔となった。

少なからず、現在の自分の収入などにそれが反映されていることも承知している。

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