★10★シングルマザーが子供二人を連れてイギリスに母子留学。心の洗濯をして帰国したら、グローバル企業の正社員への道が待っていた話。【リンゴと歯の妖精、そしてテムズ川】

前話: ★9★シングルマザーが子供二人を連れてイギリスに母子留学。 心の洗濯して帰国したら、グローバル企業正社員への道が待っていた話。【夜中に洗濯機が走るこわーいお話】
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このお話は離婚してアタマに来て子どもを抱えて飛び出したら、勢い余って地球の裏側のイギリスまで行ってしまった話です。

前回のお話は★9★読みください。




さて、イギリスに母子留学して2か月。早くも晩秋となりました。

9月の時点で、かなり「秋だなぁ。。。」と感じる寒さでしたが、11月なんて、真っ暗になる時間早すぎなヨーロッパの夕暮れ。


息子の保育園はグレンジパークという広い公園の一番端にあったのですが、

この時期は

娘を小学校にお迎えに行ってから、

公園を横切り、保育園に迎えにいって

さぁ、帰ろう!!と外に出たらすでに16時で真っ暗です。

公園の中にはろくに街灯がないので、カンで歩くという羽目になります。

良かったのは、ただっぴろい芝生の公園なので死角がないということですね。


さて、子供たちがどうやって学校に溶け込んでいったか、お話ししたいと思います。


娘は日本でいうと小学校1年生でしたが、イギリスでは9月から新学期のため、Year 2 に入りました。

イギリスでは「~年生」を Yearプラス学年 で呼びます。アメリカと違いますね。

あと、すごく基本的なことですが、

小学校は、Primary School といいます。公立の場合。

日本で習った義務教育英語はアメリカ語ですから、はっきりいってこの国では役にたちません。


イギリスの小学校は朝も帰りも必ず保護者が学校まで連れて行かないといけません。

一人で通学することは禁止です。


初めての日、まず、息子を保育園まで送って、その足でジェソン(娘の小学校)に行きました。

私の方が朝からどきどきしていたにも関わらず、娘はいつも通りだったので「怖くないのかな」と気にはしていました。

でも、泣きじゃくる1歳半の息子を保育園に置いて、娘は小学校に向かう公園の中でぼそっと

「ね、小学校に行かなくてもいい?」

と聞いてきました。

小さな胸で必死に恐怖に耐えていたのかもしれません。

でも

「ママも大学に行かないといけないんだよ。お休みしちゃうとママも怒られちゃうのね」

と話したら

「分かった。行く。」

と泣くわけでもなく、暴れるわけでもなくあっさりしたものでした。

娘も、私の重荷になってはいけないと考えたのでしょう。


私の方が泣きそうになりましたが、5分後、その思いは吹き飛びます。


生徒用のエントランスである中庭に向かったら、わっと子供たちが娘を取り囲んだのです。

そして、一緒にいこ!!と腕を組んであっという間に娘は子供たちに連れていかれました。


帰り、迎えにくるからね!と思わず日本語で叫ぶのが精いっぱい。


その日は、大学の授業もまったく身に入らず、というか、

娘が学校初日なの。だからすっごく心配!!

と、先生にもクラスメイトにも宣言して、そわそわした一日でした。

私は本当は大学の授業は17時までありましたが、子どものお迎えが15時だったので一コマ分はレポートで勘弁してもらっていました。

(でも大学の授業より、生活している方がずっと英語が身に付きましたよ)


心配する気持ちをおさえて、学校から矢のように小学校に飛んでいくと、

娘は、5,6人の女の子と腕や肩を組んでわぁわぁとエントランスに姿を現しました。

ハグとキスの嵐をくぐり抜けて、私に言った一言。


「わたし、この学校、好きになりそう!!」


娘はこんな感じで学校にすんなり溶け込みました。

創立200年を迎えるこの学校、日本人の生徒は初めてだったそうです。





なんでも、学校初日、娘は歯が抜けたそうです。

低学年まではイギリスの学校はおやつの時間があります。

スナックを持ってくる子もいますが、学校にはバスケットがあって、そこには新鮮なフルーツが山盛りにされていました。

オーガニックのもので、リンゴやナシ、泥がついた人参のときもありました。

その日は、リンゴだったそうで、ケイティという女の子と一緒にリンゴを食べていたら歯が抜けたそうです。

本人もびっくりしたようですが、それよりも周りのリアクションがすごかったそうで、みんなわぁわぁ集まってきて口々にオメデトウ的なことをいったそうです。


エントランスから出てきた時も、みんな口々に

「トゥースフェアリー来るね!!」

と言っていました。


・・・?

不思議な顔をした私に、近くにいたお母さんが声を掛けてくれました。

「歯が抜けるとトゥースフェアリーが夜中にきて、枕の下にいれた 歯をコインに変えてくれるのよ」


なるほど。

君たち、お金欲しさかw


もちろん、その日の朝に抜けた歯が2ポンドコインに変わっていて、それを学校で話したら、すごく羨ましがられたそうです。


フェアリーのことを教えてくれたリズに2ポンドあげたことを話したら、

多過ぎ!!   と言われました。

だって2ポンドコイン、かっこいいんだよ・・・。


そのあとも、娘は面白いタイミングで歯が抜ける子で、


イギリスから帰国してから2年後、クリスマスホリデーを向こうで過ごしたのですが、

遊びにいったロンドンで歯が抜けたので、テムズ川に流し、

パリに日帰りで遊びにいった帰りのユーロスターでも歯が抜けたので、

それは三越のライオンのモデルになったトラファルガー広場の噴水に投げ入れてきました。

もう少し、早く抜ければパリのセーヌ川に流したのに。


娘は、テムズ川に歯を投げ入れたときに

「またイギリスに来られますように!!」とお祈りしたそうです。


さて、私の小さなイギリス人、かわいい息子のことも書きましょう。


彼は最初の数か月は不遇の月日でした。

彼は下の子によくあるパターンのめっちゃくちゃしゃべる男の子でしたので、

最初に月齢にあった部屋が、合わなかったw


ごろごろ引っくり返ってる赤ちゃんやよだれだらだらの歩き出したベビと絡めなかったのです。

お迎えにいくと、いつも壁に寄りかかってつまらなそうに立っていました。

ナーサリーには、早く上のクラスにあげてと話してみたのですが

やはり何歳までには何人スタッフがつくなどルールもあるのでできず。


お誕生日月に上にあがることができ、晴れて息子の脳みそにあったクラスに入ることができました。

そこからナーサリー大好きっこになって、友だちもできて、

みんなに Happy Boy と呼ばれていました。


人間として言葉を覚えて話す時期に朝から夕方まで英語の生活だった息子は

第一言語が英語となりました。


ナーサリーのスタッフにすごくかわいがられた息子は、今でもそのナーサリーに写真が飾ってあります。


帰国しても最初の半年は英語しか話せませんでした。


そんな彼の「英語を取得していく過程」を垣間見たときがあります。


わたしの母がイギリスに遊びに来てくれたときのことです。

母がナーサリーにお迎えにいってくれました。


迎えに来たおばあちゃんを見て、息子は「ハイ!ダディ!!」と言ったそうです。


息子はリンゴを見てAppleときけば、それはアップル。

ブランコをすれば、それはSwing。

ぜんぶ体得して覚えてきました。


でも、お友だちを迎えにくるお父さん、ダディは該当するものがありません。

いつも迎えに来るのはシングルマザーの私、マミィですから。


そこにおばあちゃんの登場です!!

よし、やっとマミィ以外の人が来た!これは、そう、きっと・・・!


彼は自信を持って手を振り、『ダディ』 という言葉を使ったのです。


わたしの母も困惑したそうですが、はーい!と返したら大喜びだったとか。


今でも私の心をちくっとさせるエピソードですが、こうして子供たちはどんどんイギリス人となっていきました。


次のお話は。

なんと。

娘がハリウッド映画にスカウトされてオーディションを受ける話です。


ハリウッド映画ってハリウッドで作らないんですよ。

ロンドンであの映画は作られたんです!キアヌの映画。


続きのストーリーはこちら!

【シリーズ通算6万PV記念】★11★シングルマザーが子供二人を連れてイギリスに母子留学。心の洗濯をして帰国したら、グローバル企業の正社員への道が待っていた話。【小学生のハリウッド映画のオーディション@ロンドン】

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