『操られて無いか考えて』…映画「天空の蜂」のメッセージ

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♪こんばんは~

読んで頂き、ありがとうございます!

今回は、映画「天空の蜂」の感想です。


…東野圭吾氏自身が「今まで書いた
作品の中で一番思い入れが強いのは
どれかと訊かれれば、これだと答えるだろう」


…という作品。

一部ネタバレがありますので、予め
ご了承をお願いします。



…私が受け取ったキーワードは…

「蜂の習性」「原発」「自動遠隔コントロール装置」。


…蜂の習性に例えるなら…


…電気というエネルギーは、我々にとって「蜜」なのか、
それとも、我々を絶滅に追い込ませるものか…

さらに、刺し違えるDNAを発動させるものなのか…。


…それとも「電気」というエネルギーは、
「目の前の餌」であり、我々は、それに群がる

…『思考を奪われた奴隷』なのか…。


…映画を見終わった後、ぼぉーっとしながら
流れる字幕を見ながら、そんな事を考えていました。


…『快楽』という蜜に浸されて


例えば地上に、地下に上下に移動するのに、
階段では大変な駅や図書館など公共施設を設計し、
エスカレーターやエレベーターを設置しては

…「便利だ」「楽だ」という『蜜』を吸わせて、
大量の電気の消費を当たり前に、

…そして「必需品」と思わせる『システム』により

…洗脳されている我々。



今後も、更に爆発的な電気を必要とする
リニア中央新幹線や電気自動車の普及も、

「速い」「快適」「楽」「お得」…という

『システム』が用意する『蜜』なのではと、
勘ぐりたくもなりました。



…そして”自動操縦”される…


…「蜜」を吸わされては、まるで
『自動操縦装置で操作されるかのように』…

…抵抗もせず、考えること無くついていく私たち…

例えば、私の住んでいる市の市管轄のエスカレーター
やエレベーターの電気代は公開されないまま、

誰もが税の費用対効果も考えさせられること無く、
自由に”使わされて”います。


…このまま飼い犬、いや、システムに飼育される『家畜』、

『社畜』でいいのかと…ふと、考えました。


劇中でも出てきましたが原発誘致地に住む人や、
電源の存在を意識する事も無く、

みんなの読んで良かった!