①『50歳のバツ2ママが、突撃アメリカで大富豪に直談判しビジネスチャンスを掴んでしまい・・そこからが本物試練の始まりだった件。』序章その1(シングルになった経緯)

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人生なんて、何が起きるか予測不可。




地元公立中学の、初回英語授業のことだった。

「This is a pen」を、教師に当てられ、前から順に発音していく。


一人ひとりに、「Very good!」とか「Good」なんて

新米英語教師で担任の女性教諭が応えていく。



わたしの番が来た。

「じすいずあーぺん!!」

言えた〜〜!!



「ha?」と教師。

その後何度かの、「じすいず」のリピートののち、

美しい女性教諭は、金切り声で言い放った。



「あんたに英語の才能はないわ、もう金輪際、二度とあてないっ!ずっと立ってなさい」

実際、それ以降、一年間、見事にわたしは当てられることがなかった。



12歳の英語への期待は、初回の授業で無残にも崩れ落ち、

それ以降、わたしが中学の英語テキストを開くことは、

もう、なかった。


そんなわたしが、英語で渡り歩いているとは・・・

世の中、何が起きるか、予測なんて、できないものだ。




英語は万年赤点。ファッションデザイン科へ


どうにかこうにか太刀打ち出来たのは、国語だけ。

今でこそ、自分がアスペルガーかADDだったことは、子どもたちの診断から納得できるが、

とにかく、暗記ものはどれもダメ。

まあ、「努力不足」と言われればそれまでだが、

35年も前の、田舎の学校となると、教師に嫌われたら終わり。


朝は起きられない。遅刻ばかり。登校できても胃痙攣。

当時許可されてなかった女子バンドを組んで、課外活動に熱心なだけの生徒。

授業は睡眠時間。親も教育に無関心。


とりあえず、ファッションデザイナーになりたくて美術短大へ。

卒業後は、パターン見習いを経て、大手アパレル企業のデザイナーになる。

憧れの東京生活は、終電にギリギリ乗れるか乗れないか、の残業三昧。

バブリーな世の中との接点はなく、ひたすら仕事の平日と、爆睡するだけの休日。

逃げるようにして結婚したものの、、

そんな結婚動機でうまくいくはずがなく、食べていくこともままならず、

優しかった夫はDV夫に変貌。




6ヶ月の次女をおぶり、2歳半の長女の手を引き、逃げた


DV法ができたのは、まだずっと後。

相談した人たちは「旦那さんに手を上げさせる嫁の尽くし方が悪い」と。


1995年の年始のことだった。

10年日記の元旦日記は、前年もその前も、「今年こそ手をあげないと約束する」と

夫が年初の宣言をしたと書かれていた。

夫の暴れ方は、年々エスカレートしており、夕食のテーブルをひっくり返すなんて日常だった。

その前年の暮れには、肋骨を折ってもいた。

泣き声がうるさいと、赤ん坊をソファーに投げつける。

椅子が飛んできて、長女の鼻先をかすった。


そして、1月17日。

京都中京区の住まいの、あまりの激しい揺れ。

食器棚が倒れ、ガラスや食器の破片が飛び散った。

テレビには現実とは思えない世界が映し出されていた。


まだオムツを巻いた子どもを抱えて、ボランティアに出るにも出られない。

とりあえず家(兼事務所)にある商品を詰めるだけ詰めて送った。

自分の仕事への劣等感が、誤魔化しきれないほどに沸き起こってきた。

それは、あの中学の英語授業以来、何もかもに逃げてきた自分の人間としてのクズさへの、

内側から沸き起こる、「怒り」だった気がする。


その「怒り」こそが、わたしを目覚めさせた。


家庭裁判所に向かい、離婚調停の申請をした。

車の中で、頑張って頑張って守ってきた「何か」が崩れ落ちる音がし、泣き崩れた。

が、いつまでも泣いてる場合じゃない。

すぐに部屋を決めた。仕事を決め、保育所の転居届けを出した。

どうしてそんなお金が残っていたのか、もう記憶も定かではない。

なんとかしようと決めたときは、人間、なんとかなるものだ。


役所でもらった離婚届に全てを記入し、

「就職のために旧姓で仕事をしたいので、表向きに別姓にしてほしい」と

申し出た。

なんでこんな理由で離婚が出来たのか、未だに理解できないが、

とにもかくにも、離婚届けに署名と捺印をもらって役所に出した。


調停では、親権でもめにもめた。

途中、長女を連れ去られ、警察に行くも「遺体でも上がらないと動けないねえ」と

あっさり断られもした。隠しマイクを仕込んで、夫の本心を録音して調停に提出もした。

調停委員の女性がこっそり走り寄ってきて

「お役に立てなくて申し訳ないけど、この世界はまだ男尊女卑がまかり通るのよ。

 とにかく命の方が大事。逃げなさい。相手が調停を起こすはずなので無視して逃げて」

と。


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