発達障害と精神障害で足の不自由な私と支える彼氏2

布団から、全く出られなくなり鬱で、震えて死にたい消えたいと毎日泣いていた。


最初精神障害だとは、分からずに彼氏と喧嘩になりリストカットしていた。


2年間か3年間ぐらい、記憶がない……

死にたい死にたい死にたい死にたい……


両親は助けてはくれなかった。


声優の専門学校のお金無駄だったわね。
片耳が聞こえないくらいで無職なんて情けない!
と母親に言われた。


余計精神が、おかしくなった。


唯一救いが彼氏で洗濯したり料理したりして支えてくれた。


精神障害になり三カ月後やはりおかしいとクリニックに通いはじめた。


しかし埼玉県のそのクリニックは、働けますよ。大丈夫ですよ。薬出しますから


しか言わなかった。



ちっともよくならなかったけど
3年間引きこもりになって
やっと外出できるようになった頃

地域活動支援センターに通う事にした。


クリニックにあったチラシで知って


革細工作ったり
農作業したり

3年間通った。


でも3年後


市村さんは革細工下手くそなのに意見ばかりで、工賃要求するから、辞めてください!


と、利用者全員の前で職員に言われて
ショックで辞めた……。


そしてまた引きこもりになった……。


数年後埼玉県から都内に引っ越した。


彼氏と一緒に。


都内のクリニックで発達障害と診断されて、発達障害の人の通う場所に通いはじめた。


3年間は、居場所として心地良かった。


でも、3年後、その場所が不正をしたせいで就労支援が無くなり工賃も無くなった。


またいろんな発達障害の人がいて
私はインターネットとかで悪名高いので
嫌われものだった。


不正のショックで、西早稲田の発達障害の居場所を辞めた。


でも不正したのに、バリバラに理事長が出演して楽しく踊るのを見て
ショックでベランダで首を吊り飛び降り自殺した。


そしたら足首が複雑骨折して、入院する事になり、手術2回も受けて
現在リハビリしてるけど最初車椅子すら乗れなくて苦労した。


三カ月の入院中彼氏が毎日毎日お見舞いに来てくれた。


喧嘩するたびにお互い嫌いになり、罵りあうけど、両親に絶遠された私には彼氏しかいなかった……。


今は無事に退院してリハビリしながら、また新しい作業所に通っている。

バリアフリーワークショップにも通ってる


YouTubeに虹色雅で朗読をアップしている。


朗読座談会主催を四年ぐらいしている。


ものすごく簡単にまとめて書いた。


彼氏に支えてもらい、なんとか生きてるけど彼氏が死んだら生きていける自信がない。


朗読の仕事と自伝の書籍化が、夢です。


読んでくださり、ありがとうございます。

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