パプアの森の勇者デメギョの復活 (アトピー地獄からの脱出) 1

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「今のお前はデメギョじゃない、ただの大久保さん、デメギョになるのを待ってる、ずっと待ってる。」

親友の東は、47歳になるいまでも僕のことをデメギョと呼ぶ、僕の本名大久保 陽を知らない人もいる、同級生はだいたいデメギョと呼ぶ、出目魚、漢字で書くとこうなる、10代の頃から目が大きくてギョロッとしてるから、誰が名付けたか記憶にないが、みんな親しみを込めてデメギョと呼ぶ(詳しくは、パプアの森の勇者デメギョと題して投稿している)


ところが、花屋(サンフラワー)を始めた30歳の頃から少しずつアトピーの症状が進行して、40歳になってからは顔に症状が出てひどい時は見るも無残、バケモノのような顔になった。

もともと喋り好きで人を笑わせる事が大好きだったが、人前に出るのが嫌になり引きこもり、花屋は従業員に任せ、同窓会長も人に任せて、年中マスクをはめ人目を避けて生きていた。

要するに心も病んでしまったのだ。

そこで久しぶりに会った東に弱音を吐いた、花屋の事、アトピーの事、僕という存在はこの世に必要とされているのだろうかと。

尾崎豊がシェリーに尋ねたように東に尋ねた、その答えが、ずっと待ってるということなのだ。

それから毎日日替わりで友人が続々と花屋を訪れ、一人じゃない事を教えてくれた。

なぜ僕だけなんだろう、花屋を始めて20年近くなるが何もない、振り返っても何の面白エピソードも浮かんでこない、空白の20年、周りのみんなは結婚して子供を作り、成人したとか、大学に入学したとか、就職したとか、中にはおじいちゃんになった人もいる。

もう追いつけない、はるか前を歩いている、何もしていない始めてもいない、友に弱音を吐き続けた。

友は自分の傷口を見せてくれた、誰もが障害を乗り越え歩いてる、表面上はわからなかった。

友が羨ましく思え、自分の不幸を嘆いてばかりいる事を恥じた。

友に弱音を吐き続けたことがデドックスになったんだろうか、少しずつ気持ちの向きが変わってきた。「デメギョになるのを待っている。」

東の言葉がこだまする。

そうだ僕は森の勇者デメギョだ、変わるんじゃないデメギョに戻るんだ、無いものを手に入れるんじゃない、前からあるもの、押入れにしまい込んだものを取り出すんだ。

それから少しずつお客さんと話すようになり、サビてはいないかとおそるおそる伝家の宝刀(エクスカリバー)をお客さんに試してみた。

ウケる、世代を問わずウケる、そう、デメギョは人並みよりチョット上のしゃべりという宝刀を持っていた、切れる、一人切り、2人切り、3人いっぺんにきれた。

サビてなんかいない、ギラギラ光るエクスカリバーは少しも衰えていなかった、ただしまい込んでいただけなのに研がれていた、眠っていたデメギョが甦った。

お客さんにあだ名をつけ始めた、もちろんお客さんには言わない、従業員の本田さんに言うだけ、密かな楽しみだ。

閉店間際に来たお客さん、推定年齢26歳黒髪のロングヘアーに黒のロングブーツ、黒の模様の入ったストッキング、黒革のハーフコート、SMの女王と心の中で名付けた。

紫の薔薇でシックな花束を作って差し上げると、お気に召したご様子だったので、調子に乗って、

「お客さんがあと鞭を持っていたら、しばかれたいですね。」つい、口をついて出てしまった。

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