〜共感覚を使って愉しむ豊かな生活〜
頭の左側でずっと、彼女は歌ってる。
今日は一日中、仕事の最中も彼女の歌声が頭の中で流れてる。
右側はオレンジケーキの香りでまどろんでいる。
脳が右と左でそれぞれ独立して遊んでるみたい。。。
どこかでお茶にしなきゃ。柚子は思う。
会社を出たらまっさきに珈琲を飲もう。
それともパブでビール?
ウイスキーをショットで、でもいいな。
左側のサルトルは歌いながら考える。
柚子の頭の中で柚子はカフェで珈琲を飲み、
パブでウイスキーを飲み、
どちらの場所でも絵を描いていた。
左側のサルトルは線画でピアノを演奏し、
眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。
けれども彼の語る言葉は音楽になり、
楽譜となって旋律は軽やかにしなやかな線を描いていく。
まどろんでいる右の脳の描いている
オレンジケーキは建物のように巨大だ。
オレンジケーキのベースはたっぷりのクリームチーズ。
美しく淡い夕焼けの色をしている。
上のスポンジ部分はリキュールが効いていて、
輪切りのオレンジをキャラメリゼして
ちょっと焦がしたのがのっている。
タイムカードを押し、
扉を開けると柚子は思い切り深呼吸をした。
「頭の中を描きださなきゃ。」
彼女はまず近くのカフェに入り
オレンジケーキと珈琲を注文した。
その間もずっとサルトルがピアノを弾き続けていて、
テーブルの上や天井まで線の音楽が満ちあふれていた。
運ばれてきたケーキは
柚子の頭の中のものとは違ったけれど、
オレンジの香りがするスポンジを一口齧ると
サルトルは穏やかな旋律に変わっていく。
旋律の中にブルーの音階が増えていく。
明るいグレーとピンク、濃いブルーとうす紫。
「ああ。。」柚子はうっとりとため息をつく。
それから立ち上がり、店を出た。
駅でチケットを買い、いつものパブまで行く。
まだ4時をまわったところだからすいている。
店は開いたばかりだ。
オレンジの香りとブルーの音楽をそこなわないように、
柚子はアイリッシュウイスキーを注文する。
もちろんストレートで。
チェイサーをつけてもらうと、柚子は目を閉じた。
グラスの中の金色の液体にサルトルが溶けてゆく。
ゆっくりと。。
ゆるやかな曲線は甘美な旋律になり
歌声はいつのまにかピアノに変わっていた。
ウイスキーで痺れた柚子の唇からこぼれだすのは
ドヴュッシーの月の光だ。
柚子の頭の中に一枚の絵ができあがり、
やがてゆっくりと沈んでいった。
だけではなく、音に色を感じたり、
味覚を感じたりする人もいます。
夢の味 夢の手触り
柚子の朝はいつもきまってきっかり7時に始まる。
今日はいつもより10分早く目が覚めた。
10分もあれば夢のひとつくらい見られそう。。
柚子はいつもそう思っていた。
今朝はこんな夢を見た。
古道具屋の主として彼女は働いている。
買い物に出かけようとして、
店の外へ出ると小さな袖机に足をひっかけてしまう。
柚子は机をわきによける。
道路はほこりっぽくて珈琲牛乳の味がする。
そのとき、机にひもで結びつけられた
紺色のハトを見つけてびっくりした。
ハトの胸のところにはダイヤが3つ
煌めいていてとても綺麗だ。
通りかかったカップルが珍しい紺色の
ハトにみとれているのに気づく。
柚子はハトが自分のものだと彼らに教えるために、
手のひらに乗せようとするが
ハトは弱っていてなかなか手につかまることができない。
柚子は思い出す。
「もう何日も餌をあげてないじゃない..」
と、いうところで目が覚めた。
しかし、目覚めても夢の中に浸っていたので
すぐには頭がまわらない。
それでも習慣から身体は勝手に動き始めてしまう。
彼女はキッチンへ直行し、お湯を湧かす。
身体は朝の支度を始めているが、頭の中はまだ夢の続きだ。
薬缶に水を入れながら、無意識に紺色のハトのことを考えている。
「ハトに水を飲ませてあげなきゃ。。」朦朧とした意識の中、
柚子はグラスに水をつぎ、自分で飲んだ。
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