〜共感覚を使って愉しむ豊かな生活〜

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水は銀色と濃い青で鉛のように重く感じる。

喉をつたう冷たい水の感触はまるで流れる金属のようだ。

一塊になった金属はあっという間に胃袋へ落ちてゆく。


柚子はこんどはしっかりと目を覚ます。

「冷たい。。」独りつぶやくと、

もう一度グラスに水をついで電子レンジで1分温めた。

温まった水はもう金属ではなくなる。

朝の目覚めはグラス一杯のお湯で。

というのが柚子が守っているやり方だった。

薬缶の水が沸騰し始めている。

これを注げばいいと思うのだが、柚子はそうしない。

あくまでレンジで1分。夏場は40秒だ。

そのやり方を変えようとは思わなかったし、

思いつきもしないのだ。

薬缶で沸かしたお湯は朝の一杯ではない。

あくまでもお茶やコーヒーのためのものなのだった。


紅茶の缶を開けてアールグレイティーをいれる。

香り立つ紅茶を水色のカフェオレのカップに注ぎ、

冷えた両手でそっと持つとたちまち凍えた

手が温まった。


それから彼女はベランダの窓を開けて空を嗅いだ。

くんくん。。。朝の匂いを確かめるのは楽しい。


今朝はかすかに焚き火の匂いがする。

それから落ち葉と、土の匂いと、ガラスの匂い。

柚子は紅茶を飲み干すと近所をもういちど見回した。


はす向かいのマンションの最上階のベランダに光が当たってる。

そのベランダは鉄製で蔦が絡んだような美しいデザインだった。

朝日が当たるとたくさんのビーズが光っているみたいに見える。

今朝の太陽の光の少しばかりオレンジ味の匂い。

太陽の光ががオレンジ味の日は

なんだかいいことがありそうで胸がどきどきする。


そうだ。柚子は思い出した。今日はひとりで過ごす日。

冷蔵庫を開けて、ワインのボトルを取り出す。

柚子は嬉しいときには朝であろうと

真夜中であろうとワインを飲むことに決めている。


とくとくと音をたてて陶器のグラスに薔薇色の液体が注がれる。

柚子は自然に笑みがこぼれてくるのを感じた。


誰もいないって なんて素敵なんだろう。。。


グラスを手に柚子はリビングの床の上でくるりと一回転した。

ピルエット。。

薄いグリーンとターコイズブルーの気持ちが沸いてきて、

胸の奥がずきっと痛む。

その痛みは光の色だ。

柚子は身をよじる。それくらい嬉しいのだ。


それから柚子は夢に出て来た美しい紺色のハトのことを思った。

あのハトは自分の胸の中に、確かにいるのだ。



キッチンの棚からテオブロマの

チョコレートを出してきて、一粒口にほおりこんだ。

とっておきの自分用のおやつだ。

柚子にとってチョコレートは特別な食べ物だった。

普段の生活でも車をみるとチョコレートの味が

口の中に広がるのだ。

特に紺色の車は大好きなオレンジピール入りのチョコを

感じるので美味しいと感じる。

でも今朝はそうじゃなかった。

今は青い色を感じたかった。

チョコレートが口の中で溶けていくとき、

気持ちが青で満たされる。

閉じたまぶたの裏にも青を感じる。

青は濃い青に変化し、やがて黒っぽい

墨色になって口の中で消えていく。



解説
柚子のように音や色と味覚が繋がって
感じられる人もいます。
夢も大変にリアルで夢の中でも感覚が
はっきりしています。


ハンガリー狂詩曲

  共感覚バージョン


フジコヘミングのピアノが好きだ。

日本人はみんなそうだろうと思う。

だって、わかりやすいのだもの。

情感がたっぷり伝わってくる弾き方は

ピアノをよく知らない人もきっと好きになると思う。

もっと精緻な弾き方がいいと言う人もいると思うが、

フジコの音にあるような‘揺れる色’

を感じられる弾き手は少ない。



柚子はお風呂に入りながらハンガリー狂詩曲を口ずさむ。

「六角形だ。六角形だ。六角形だ。六角形だ。。♫」

フジコの弾くピアノは、歌っている。

この曲の一部分が柚子の耳にはそう聴こえているのだ。

誰も聞いていないとき、柚子はこうして

メロディとリズムに合わせて口ずさんでみる。

情景も動画で浮かんでくる。

前半はお墓と鉄格子だ。

まわりにすみれが咲いている。

足の悪い子犬が懸命に走っているところが浮かぶ。

この曲はその後半が面白い。

噴水の周りで六角形の輪を棒で回して

遊んでいる子供たちと子犬が出てくる。

途中で子犬が走ってくるけど、

うまくブレーキが効かずに滑ってころんだりする。

子供たちと子犬は楽しく遊びながら石畳の道を走っていく。

最後の方ではハリーポッターに出てきそうな

どっしりとした重厚で大きな螺旋階段を上がるのだけど

ここの場面は圧巻だ。

螺旋階段のまわりは本棚がそびえ立ち、

その上には空が広がっている。

子供たちが階段を上がるたびに階段の色が

深い色から明るい色までどんどん変わっていく。

そして視点だけが360度回転しながら上昇していき、

全体を大空から俯瞰するところで終わる。

とても楽しい。

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