第二十九章 ある塾の倒産

第二十九章

「ある塾の倒産」

  私は大学を卒業後に愛知県のある町で1年間塾講師をしていた時期がある。もう30年以上前の話だ。時効だから書いても大丈夫だろう。その時に、同僚だった先生は自分の塾をつぶしてしまったそうだ。田舎のオジサンという感じだった。私は20代だったからオジサンに見えたが、今の私より若かった。小学生の子供がみえた。

 

  その人は塾を始めた初年度に何も分からずに確定申告に行ったら、税務署の人が出てきて

「これだと税額が40万円になります」

 と言われたそうだ。そんなお金がないと嘆いていたら、追い討ちをかけるように翌年の予定納税も払えときたそうだ。

「税理士に話したら税額は10万円に落ちた。あの税務署のヤツ分かって40万円も持っていった。許せん!!」

 と怒っていた。

 本当は正直に納税したかったらしいが、塾のほとんどが適当に申告して浮かせたお金で宣伝広告費に当てている。自分だけが正直に申告すると、正直者が倒産して生徒のためにもならない。それが彼が脱法行為を始める言い訳だった。

 生徒から集める月謝の一部を売り上げから外していたとのことだった。

 

  ところが、塾を始めて2年目に1ブロック先に大規模塾のビルが建ったそうだ。当時は、今と違って生徒もその保護者もバブルが始まる頃で浮かれていた。大きなビルの高額な塾に通うことがステータスのように思う人が多く、アッと言う間に生徒が大規模塾に流れて経費も払えず借金を重ねて倒産に追い込まれたそうだ。

 

  私の勤務していた塾の中でも、人気のない先生だったから私は

「これでは倒産するのも当たり前だろう。大規模塾が来なくてもダメだろう」

  と思っていた。旧帝を出たわけでもなく、公的な資格を持つでもなく、教材研究に熱心でもなかった。私は人気講師だったので傲慢に見下していた。年長者だったけど、塾は実力主義の世界だから仕方ない。

 

  さらに、悲惨なことに倒産して失業したら奥さんが子供を連れて実家に帰り最終的に離婚になったそうで子供に会えないと嘆いていた。あまりに悲惨なので、あまり聞きたくなかった。それで、何となく距離を置いていた。しかし、その後に他の講師の方の中にはもっと悲惨な経験をされている方がいることも知った。後輩は

「それでも一回結婚できたからいいです。私は結婚する金もないです・・・」

 と言っていた。

 

  私はその後、アメリカで教師をして帰国して名古屋の大規模塾に勤務して逆の立場から世間を見ることになった。すると、今度は逆に

「今は金看板で食っているけど、いつかは独立したい」

 という先生が多かった。大規模塾は、とにかく人数を集めないといけないので生徒の質は小規模塾よりずっと酷かった。だから、講師は

「こんなバカを相手に生活している自分はなんだろう」

 と思うらしかった。私は自分の塾があって優秀な生徒を教えていたので良かったけれど、常勤講師の方は絶望的な気分になるのだろう。理解はできた。

 

 しかし、内心

「でも、キミは金看板があるから先生と呼ばれているだけだよ」

 と思っていた。独立したら、学歴イマイチ、人気イマイチ、資格なし。これではすぐに倒産してしまう。離婚くらいで済めばいいが、ヘタをすると自己破産。もっとヒドイことになると夜逃げや首吊りものになる場合だってある。年間3万人の自殺の多くは経済的な理由だ。

 

  そんな現実を見て生きてきた。だから、学校の先生が言われることはどれもこれも浮世離れして聞こえる。その教えを受けた生徒が

「クラブも、生徒会も、勉強も、恋愛も、青春を楽しみたい」

 などと言うと

「この子は間違いなく倒産組になるだろうな」

 と思ってしまう。世の中は、そんな甘い考えを許すほど優しくできていない。もがき苦しんで必死に生きている人ばかりなのだ。何の犠牲も払わずに、自分の思い通りになると勘違いできるのも今のうちだけだ。

 

  難関大に合格するのは難しい。医師の国家試験も難しい。でも、私たちはそれだけでは満足しない。医師の中でも名医にかかりたい。誰でもいいわけではない。それが現実だ。そんな医師は何万人に一人いるかどうかだろう。それなのに、100人や200人の中で良い成績だからと満足するような志の低さでは話にならない。そんな環境だから、志の高い子は出ていかざるをえない。

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