私を生きるということ

52歳で新たに出発しているけれど

8年間やり続けて収益を上げ続けた学習塾。

これを手放すのは、やっぱり怖かった。

離婚より怖かった。

引っ越しより怖かった。

と同時に、ルーティンでうまくいっていることに、あきていた。

人間は、つくづく不思議な生き物だと思う。

今持っているものを、手放すのは怖い。

なのに、安定はあきる。

おなじみ通りすがりの人
どっちなんすか?
みりえ
どっちなんだろうね。

たぶん、いろんなことを経験したいのだ。

安定したことから抜け出て、新たにいろんなことを経験すれば、

それだけ

失敗やへこむことも出てくる。


「あーあ」って、思うことだってある。

「何やってるんだろう、私」ってね。


それでも、安定のなかで決まったことしかやらない生活は、

ほんとに

みりえ
あきる。


米国バージニア大学の実験で、人は退屈な状況に置かれると、退屈に耐えることより、

けっこう痛い電気ショックを受けるほうがましだ、と考える傾向にあることがわかったそうだ。


人って、ほんとにおもしろい。

で、人だけじゃなくて、動物園の動物たちも、自然界にいるよりもしっかりと保護されているにも

かかわらず、野生より寿命が短いそうだ。


「選択できない」ストレスのせいだそうだ。


人は、選択したいのだ。

赤いアメをただ与えられるより、赤いアメと黄色いアメと緑色のアメがあって、

それを自分で選びたい。

どれか一つ以外は、ものすごく辛いとしても、それでも安全なアメを与えられるより、

自分で選択したい。

たとえ、辛いアメを選んでしまって、七転八倒するくらいだったとしても。


選択って、とても大事だと思う。

自分の感覚で、自分の感性で、自分が選ぶ。

この積み重なりが、自分を生きることになる。


自分で選択できなかったら、

自分のなかでエネルギーがぐるぐるして、うまく外との間に循環できなくて、

自家中毒のようになる。


ああ、と思い出した。

田舎の商家の後継ぎと結婚して、私がとても嫌だったのは、

住むところが選択できなかったこと。

結婚式場も決められたこと。

お金も元姑が管理していたこと。

という、いろんなことが選択できなかったことだ。

私の仕事も、決めようとしていた。

これにたいして私はいつも、



戦ってきたんだな。

そうしていろんなことを、選択してやってきたのだ。


自分で選択するのは怖い。

失敗することもあるし、痛い目にあうこともあるし、へこむこともある。

それでも、そういうことも含めて、

自分で選択していくことこそが、自分を生きるということだ。

私を生きるということだ。

著者の山崎 理恵みりえさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。