父が死にました。 父と子の41年間の終焉。ありがとう。お父さん。こんな出来損ないでも愛してくれた事。とても感謝しています。天国で会いましょう。

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 俺は劣等性。親父は天才奇才。明らかに違う遺伝子だと思っていたが、同じ苦悩と叫びを、俺と同じ中学時代に既に気づいていた父のセピア色に変色していたアルバムと日誌。お父さんも気付いていたんだね?自分がマイノリティーだと言う事に。


 貴方が肺がんに侵され、気づいた時には余命一ヶ月と診断された時の貴方の気持ち。判らなかったけれど、何時までも格好良い父の背中を見せてくれたね。貴方の代わりにはなってあげられなかったけど、少しは今、天国で安心していますか?俺の姿は酷く無様で格好悪いけど、それでも毎日を懸命に生きています。


 貴方のように最期の最期の日まで気丈で気高く、いつでもケラケラと笑って、病院からの帰り道、駐車場まで見送ってくれた貴方の姿は僕の目にハッキリと焼きついていて、僕の死期が来るまでの、僕の病魔との闘病を支えてくれる大きな柱となって今もなお残っています。

 

 僕は何時も大きな決断が迫られた時に大失敗を犯す。高校受験。大学受験。発病。結婚。離婚。何時も何かで失敗していたね。でも期待に添えられなかったけど、良い息子だったでしょ?最終的にはさ?


貴方の宇宙のような広い心と厳しさの中で育ったから、僕にはうちが普通だと思ってた。


結婚した後、普通の家庭が判らなくって、戸惑って、結局は結婚は失敗しちゃったけど、家族が五人揃ったあの家で貴方と暮らせた事を、本当に今嬉しく思っています。


貴方が亡くなって四人家族になるかと思っていたら、兄貴が結婚して、僕の生き別れになっていた息子と娘とも会うことが出来、周りから見たら幸せに見えるんだけど、貴方が居ないのが何よりも辛いです。


貴方が亡くなって、霊柩車で運ばれる貴方の姿を見ることも、貴方の骨を拾うことも精神的に無理で、母と二人きりで家で遺骨になるのを待っていた、あの気の遠くなるほどの空白の時間。


気を利かせて霊柩車が我が家の前を長いクラクションを鳴らせて行った、気の狂うほどの長いクラクションの長さ。あの音がまだ耳の中で鳴っているんだ。


もしかしたら永遠に、この苦難を乗り越える事が俺には出来ないのかも知れないけど、障害を抱えた家族(まさか家族全員が障害者だったとは思いもしなかったんだけどね)を守るのは家に残された唯一の男の最期の役目だから、僕の目の黒い内は任せておいて。何も出来ないけど、僕には不屈の精神と、貴方の魂が宿ってるから、絶対に諦めないし、残された家族を見捨てない。


貴方の孫の方は、聡明で逞しい健常者の元妻が頑張ってくれてる。僕達は別れてしまったけれど、同じ遺伝子を持つ子供の親として、限りない愛と経験を伝えて行くつもり。


障害者だからと言って、自分を卑下していたけれど、自分をずっと卑下していくのには、人生は余りも長く、一日も気が狂うほどに長いよ。


貴方の後ろ盾の無くなった我が家では、太陽が照っていない真冬の北海道のような寒さだよ。心も身体も凍えそうだよ。


貴方が大好きだった焼き魚は貴方が亡くなってから食卓に並ぶことは無くなったよ。大好きだったすき焼きも今年の冬は出ないと思う。貴方を思い出すから。


貴方を思い出すものは食卓にはずっと出ないと思うよ。貴方が大好きだったタバコも酒も我が家では禁忌になったよ。


貴方の愛した机と貴方の寝ていたベットは貴方が眠っていたまんまにしてあるよ。本もそのまま。


一周忌が来たら、貴方の部屋に俺が移動することにしたんだよ?良いでしょう?お父さん?



産まれて気づいた時には、何時も傍に居た父。


アホな子供として皆からバカにされながらも、愛を受けてると知った小学校一年の始まり。


それはひょんな事から始まった偶然と言うには出来過ぎていて、作り話だろう????と言われてしまう僕と親父の逸話。


僕は友達の土門の家の犬が好きだった。


みんなの読んで良かった!