病床の先生の言葉から、自分なりに考えたこと



高校時代、僕は完全に落ちこぼれていました。

なんといっても成績が圧倒的に悪かったです。


学校帰り、ゲーセンに寄って、まわりにいた友達に、

こないだのテスト、400番台だったよ

といったら、

友人A
なんだーお前も400番台かー、オレもだよ
友人B
俺もだよー
友人C
ボクも
友人D
あらら……

と声が返ってきたので、確認すると、なんと、その場にいた僕を含めた友達全員が401~410番の範囲に収まっていることがわかりました。


「ある意味すごいかも!」とみんなで大笑い。


ちなみに、僕たちの学年はだいたい420名でしたから、そろいも揃ってかなり下位レベル。

そのころ、僕は学校帰りにゲーセンかレコード店か書店によってから帰り、帰宅後はゲーム(ファミコン)や読書にいそしむ帰宅部所属(実はとある同好会には所属していたのですが、ずっとサボっていたという……)。


はっきりいって、学校に行くモチベーションの大半は食事(お弁当)と友達と遊ぶこと。


教科書類はほぼすべて学校のロッカーに置いてあって、カバンの中はお弁当とそのとき読んでいた本のみという潔い(?)状態。寒くなると、三段のランチジャーがメインの荷物で、メニューはカレーやシチュー、お味噌汁や、オムライスなど暖かいメニューをお弁当に採用してました。

って、母に頼んでいただけですが。

正直、社会人となった今よりも充実したランチタイムでしたね(笑)。


数週間に1回は、土曜日の午後、学校帰りに仲間と連れ立って焼肉食べ放題に行ったりしていたので、体型も社会人となった今よりもかなりすごく充実してました(苦笑……)。


――というわけで、まったく勉強していません。

まあ、そんな状態ですから、成績が悪いのは当たり前です。

僕が通っていた高校は、テストで25点取れないと赤点で、再試験でした。

僕は不思議と赤点をあまりとらなかったとはいえ、たまの追試が面倒なイベントで、なんとかしないとなーとは思ってはいたんです。でも、学校の成績を良くすることよりも、出たばかりのゲームをいかに早く攻略するかとか、興味のある本を読みたいということにばかり気を取られてました。


友だちの一人は、赤点連発でしたが自慢げで。世界史で7点を取った際、授業中に小声で、

友人C
♪セブーン、セブーン~♪

とウルトラセブンの主題歌を歌うなど、みんな、能天気で。今思えばなんかちょっともったいない気もします。なんというか、あとでガーッとやればなんとかなるとか思ってました。


で、そのころ僕が得た知識は、ほぼ0点のテスト結果でも不思議と偏差値が自分の想定よりは高いことがあるとか、念をこめてマークをしたマークシートのテストは、あてずっぽでやるよりも正解率が低いとか、そんなことばかりです。中学校のときはかなり成績がよかったはずなのに、1年かそこいらでずいぶんと成績は落ちるものだなということも身にしみてわかりました。


今だから言えますが、やはり、勉強は毎日、少しずつするものですね。もし、自分に子どもがいたら、そこんところはちゃんとアドバイスしてあげたいです。まとめてやるんじゃなくて、少しずつやったほうが確実だし楽しいって。


2年になって、夏休みが近づくと、周囲で進学に関することが話題になることが増え、さすがにちょっと焦りを感じました。でも、生活は変わりませんでした。

似たような境遇の何人かの同級生は高校に来なくなったらしいです。


それでも、僕が学校に通っていたのは、中学校時代は生徒会活動をするなど、根は「自称マジメ」だったからです(苦笑)。高校は一応進学校でしたから、たぶん、他の友だちたちもそんな感じだったのではと思います。

実際は、放課後を楽しみにしていただけかもしれませんが……(苦笑)。


……とはいえ、学校に行くのがやや面倒になりかけていたのも確かです。


そんなある日、僕のクラス担任のM先生が病気で倒れました。


M先生は英語教師で、クラス担任だったんですが、実は接点らしい接点がなくて、どうにも「担任」という実感に乏しい先生でした。とかいって、M先生に非があるわけもなく、惰性っぽく学校に行っている僕らに問題があったという話しですよね。

高校って科目ごとに先生は変わりますし、担任と会うのって最後のHRくらいですから、1日10分も顔を合わせないし、僕は遊ぶことに夢中で、他の先生の顔もあまり覚えていませんでしたから……。


ちなみにM先生にはアダ名がありました。苗字のM(本名)の上半分とティーチャー(英語教師なので)のティで『Mティ』でした。なので、この後はMティと書きます(一部敬称略をお許しください)。


Mティの入院はクラスでも当然、大きな話題で、みんなガヤガヤしてました。

細かないきさつは忘れてしまいましたが、Mティをお見舞いに行く話になったんですが……。

こんどさあ、Mティのお見舞い行く?
友人A
まーヒマだし、行っとこうぜ
でもさーMティは俺たちのことなんて覚えてないんじゃないの?
友人A
それは言えてるなー
友人C
だよなー

てな感じで、僕の『見舞いに行くぞモチベーション』はそうとう低かったんですが……。

いざ、お見舞いに行くとなると、なんだんかんだの家庭の都合だので、行く人数がガクーっと減りました。


それなりの人数が行きそうだったら、友達を含めて、僕は行かなくてもいいんじゃないの?

(やっぱり、Mティも僕たちのコトは覚えていないだろうし……行ってもお邪魔だろうし)

――という感じだったんですが、行く人が減りすぎて、なんだか行かないとやばい(なんか気の毒かも)という状況に。


というわけで半ばしぶしぶと(ごめんなさい……)Mティの病室に向かったのでした。

向かったのは数名という感じで、僕のような教室で地味なタイプの生徒が多いという、ある意味、微妙なメンバー構成。

病室に入ると、Mティはベッドから半身を起こして何かしておられました。

水色のパジャマ姿のMティの髪はぼうぼうで、体も痩せられたように見え、なんというか、ひとことで言えば、疲れ果てた感じ。


そんなMティでしたが、僕らの姿を見て、

Mティ
よく来てくれたな

というと表情がパッと明るくなった感じでした。

背筋に何かが入った姿勢で、しっかりした視線で僕ら一人ひとりの顔を見ながら

Mティ
ありがとう

と、僕たち一人ひとりの名前を呼んでくれました。


びっくりです。


一緒に行っていたクラスメイトが

クラスメイト
なんで覚えてるんですか?

と質問したくらいです。

Mティは、

Mティ
ま、担任だからな

と軽く言ってましたが、なんだかちょっと照れくさいような不思議な気持ちでした。


それから皆でいろいろなことを雑談しました。

お見舞いに行く前は、病気のMティを生徒が気遣って「体に気をつけてください」とかいう展開になると予想していたんですが、そうはならず、Mティが来ているみんなに話しかけ、そして一人ひとりに近況を聞くような展開に。

Mティ
K(僕の苗字)は、さいきん調子どうだ
まぁ、調子悪くないです(勉強以外は好調です、という表情で)
Mティ
はは(笑)。お前は教室に毎日来てるだけえらいな

という感じ。

Mティは僕が授業中にコソコソと本を読んでいることも知っていました。

あちゃーです(笑)。


お見舞いに来ているメンバー構成的にこれからの受験対策がどうとかそういう話が深まらなかったのは僕的にはラッキーでしたが、他の人たちはどうだったかわかりません。

Mティをがっかりさせなかっただろうか、などと気になっていると、とつぜん、Mティは

Mティ
教室っていいよな

といいました。

もしかすると……というか、たぶん絶対違う意味だと思うけど、僕はそれを聞いて「教室(学校)っていいよな」と思えたので、大きく頷きました。すると、Mティはそれを見抜いたかのように、

Mティ
人それぞれ、意味は違ってもいいんだ

と付け加えました(苦笑)。

そのあと、たしか勉強の仕方などが皆の話題になった気がしますが、ぼんやりとしか覚えていません。


夏休みが終わると、Mティは無事に復帰し、また、元の毎日に。

お見舞いはなぜか(僕みたいのが含まれていたにもかかわらず)クラス代表選抜が行ったことになっていて、Mティはクラス全員にお見舞い返しをしてくれました。

「京大式カード」というもので、


お見舞いの後半、勉強の仕方の話の中でこのカードのことが話題になって、活用してほしいということでMティが全員にプレゼントしたんです。


なんだか手にしただけで自分がアタマが良くなったように感じられるカードを手に「教室っていいよな」と頭の中で繰り返している自分がいました。


そして、まあ、すこしは勉強もしようかと思ったりもした……のですが、それより先に、なぜか僕は卒業式で表彰される「皆勤賞」を狙う気マンマンになっていたのでした。


その後、成績は相変わらず悪いままでしたが、急にクラスの友達も増えて、文化祭や体育祭でがんばろうとか思うようになっていました。実際、その後、すばらしい文化祭を体験できました。ラッキーです。


みんなが「教室っていいよな」って思えるのっていいですよね。


大人になっても思います。教室ってつまり自分の居場所のことで、Mティの言葉を聞いて、職場でも家庭でも自分の居場所を「いいよな」って愛せるようになることが大切だと思うようになりました。

無理やりって意味ではなく、自分の後を継ぐ者たち(大げさですが)には伝えたいポイントです。


そのためにはやらなきゃいけないこともいろいろありますが、そこは手を抜いてはいけないですね。

それと、今になればコツコツ勉強することもかなり大切と思います。大人になっても、通勤時間中の10分、20分をうまく使える人が成長している気がしているので、さりげなく伝えてあげたいところです。








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