高木教育センターのありふれた日々(7)

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  彼にはベッキーという小学四年生の娘さんがいて、母親が先に教会に行っているとのことだった。アランは

「これはベッキーへのプレゼントなんだ」

 と嬉しそうに話していた。裕福な家庭ではなかったのでささやかなプレゼントだったが、赤いリボンで飾ってあったのを覚えている。雪が降っていた。教会についてパーティ会場に入るとアジア人の家族が数組みえた。その服装から遠くからでもアメリカ人でないことが分かるのだ。

  私は当時、ローガン中学校の難民クラスで英語を教えており金髪娘と知り合うのであろうと思っていたら体臭のきついベトナムやカンボジアの生徒たちになつかれてしまいガッカリしていたものだ。彼らは見るからに貧しい服装をしていた。アメリカ人の中学生たちは

「あいつら、臭い!」

 と私にこぼしていた。

  母親と一緒にいたベッキーはアランと私を見つけると笑顔で近寄ってきた。とても可愛い子だった。そして、すぐにプレゼントに気づいたようだった。ところが、アランは奥さんとベッキーの隣にいたアジア人の家族の方を見ていた。父親と母親と小さな女の子がいた。

  そして、その小さな子に近づくと

「これ、さっきサンタさんにもらったよ。キミにだって」

 と言って用意してあったプレゼントを渡してしまった。少女の父親は驚いて、困った顔をした。母親も黙って見ていた。私がベッキーが怒ってしまうと思い、ハラハラして横に立っていた。

  小さな女の子は何事か分からないまま、赤いリボンの小さな箱を胸に抱きしめて

「サンキュー!」

と言った。

ベッキーは黙って目の前で起こっていることをながめていた。私はどうなることかと思ったが、そのまま何事もなかったようにパーティは終わった。

  私は後日、アランの家に招かれたときにベッキーに

「どうして、あの時にアジア人のパーティで黙っていたの?」

 と尋ねたら、

「だって、私のパパは世界一なんだもん」

 と言った。私は驚いてしまった。

「こんなことが日本で起こるだろうか?」

  ベッキーはあの夜に人を喜ばせることが、どういうことなのかを知ったのだろう。

  クリスマスが近づき、日本の中学生やモンスターペアレントと日々格闘していると

「夢でも見ていたのか」

 と時々思い出す。1982年の、あのクリスマスの夜にベッキーは父親から何物にも代えがたいプレゼントを受け取ったのではないだろうか。それを贈ったアランもえらいが、受け取ることができたベッキーもえらい。

  そして、私自身にも何物にも代えがたいプレゼントだった。誰もきづかない小さな出来事だった。

  あれから30年以上経過した。塾生の子がときどき

「先生は、なんでここまでやれるの?」

  と尋ねてくることがある。たぶん、あの日のできごとが影響している。

  第六十五章

「あるリケジョの暴言」

  私の指導させてもらっている四日市高校で学年20番以内の理系女子は医者志望が多い。先日のその一人が、

「暴走族と迷惑を受ける人が多く、利益を得る人はいない。まとめて処理すべき」

  と暴言を吐いた。ビックリした。もちろん、前段がある。医師志望なので医学関係のニュースには敏感なのだ。

新出生前診断 染色体異常、確定者の97%が中絶
開始後1年間、病院グループ集計

 

フォームの終わり

 妊婦の血液からダウン症など胎児の染色体異常を調べる新出生前診断について、診断した病院グループは27日、昨年4月の開始からの1年間に7740人が利用し、「陽性」と判定された142人の妊婦のうち、羊水検査などで異常が確定したのは113人だったと発表した。このうち97%にあたる110人が人工妊娠中絶をしていた。

 このニュースは簡単に言うと、ほとんどの人がダウン症などの子が産まれたら手がかかるし周囲に迷惑なので生まれる前に処理してしまうということだ。

「ほとんどの人が迷惑な人は殺してしまえと考えている」

 という話から出た言葉だ。賢い子の発言にはバカな人の暴言と異なる「理」があるだけに議論になる。私もしばしば思うのだ。

「この子に高価な教材とベテラン講師をつけても投資としては無駄」

  コストパフォーマンスを考えると、才能のある子だけにお金をかけないと社会としては大きな損失になる。入試、受験とはそういう装置だ。教えてもムリな相手は入り口でお断りするというシステムだ。

  合理的な考えではある。実際に、そういうシステムはあちこちに設置されている。では、暴走族のタイプの人間はカス、クズとしてヒトラーのようにガス室送りにするのが正解なのだろうか。

  臨界点を越えたら警察が動いてオリの中に閉じ込めるのだが、それで十分かどうかという問題だ。左翼の人は「差別だ」「人権弾圧だ」と騒ぐだろう。人権派弁護士の出番だろう。

  ところが、被害者は立場が違えばちがってくる。別の理系女子が言った。

「四日市高校に来て分かった。中学校の時に回りにいたのはバカばっかりだった」

 マジメな理系女子は学校の教師とそれを支える学校体制を信頼していない。腹を立てている。授業が崩壊していて被害を受けたと思っている。浮きこぼれではなく、落ちこぼればかりに目を向ける学校に復讐したい子もいるようだ。

  それぞれの分野で権力を握ったらコワイと思う。暴走族など警察に任せて刑務所に放り込めば済むが、賢い理系女子が誰にも気づかれずに密かに復讐していたら怖い話だ。

  そろそろ学校を変えるべき時なんだろう。

  歴史を見ると、アホな生徒は

「なんだ。ビル・ゲイツってコンピューター作っただけじゃん」

 と言う。でもね、私は思う。学校のクラブを自由化するという些細な変更さえ50年経っても実行できない。抵抗勢力がすごいのだ。エロ教師の名前と写真を出すことも出来ない。何も変えたくない人が多数なのだ。

  こんなことをしていると、信長や過去の多くのリーダーや行ったように

「バカは全て殺すべし」

 と言う主張が説得力を持ち始める。妄想でしょうか。そうならないために、ほんの少しでいいので「浮きこぼれ」に目を向けてやって欲しい。落ちこぼれは自業自得だけれど、「浮きこぼれ」た子には何の罪もない。

 

第六十六章

「小谷真生子さんと再会したい」

  1982年にアメリカのユタ州ローガンで中学教師をしている時に、毎週アイランドにある日本人向けの支部教会に出席していた。そこに、高校生の小谷真生子さんがいた。

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