砂の中のキリン

2 / 4 ページ

ぼくのなかには、いろんなものが、はいってます』


 へたくそな字で、二つちがいのお兄ちゃんの

しわざだったんだろう。

でもその頃のあたしたちには、そんなことは

わからなかった。

この砂山が本当に魔法の砂山に見えた。




「ふふっ。

ひさしぶりだね」


 小学生の間、この道はずうっと通ってた。

砂山だってずっとあった。でもいつからか

魔法の砂山はあたしの中から消えていた。

掘り出した宝物たちと一緒に。


 あたしは勢いづいて、てっぺんまで

一気に登った。一気にやったほうがうまく登れる。

昔より小さく感じるといっても、

まわりの景色がぐんと広がる。


 砂の中に手を入れてみる。

そう、この感じ。

表面はさらさらしてるけど、中はしめっている。


 おんなじだ。ちっちゃかった頃と。


「ふふ。

あたしにキリンを出して。魔法の砂山さん」





 小さかった頃のあたしを思い出すように、

少しずつ砂をかきわけてみる。

あの頃思っていた、ひょろりと首の長い

キリンが出てきたら、あたしの人生

ぱあっと楽しくなるかもしれない。


 さあ、出ておいで。

 さあ。



 なのにいくら掘っても、砂の中からは

何にも出てこない。手につかむのは、

じっとりと冷えた砂ばかりだ。


 ふっと笑う。


 そうだよあたりまえだよ。

キリンが出てくるなんて、これっぽっちも

思ってないよ。十五歳にもなって

そんなことほんとに思うわけない。


 でもビー玉もおりがみももう出てこない

砂山は、ここにあるのにあの頃から

なんて遠くにいってしまったんだろう。


 もう楽しいことはなにも起こらない。

 冷えた指先から、

そんな想いが体のなかに流れこむ。

 あたしのこれからは、決まりきったことが

あるだけ。ふつうのあたし、ふつうより

ちょっと頭がいいくらいのあたしに、

何が起こる?

何ができる?


 この灰色の砂つぶのように

あたしはたくさんの高校生のなかの

一人になって、

たくさんの大学生のなかの一人になって、

たくさんの社会人のなかの一人になる。


やがてたくさんのなかの

お母さんの一人になって、

そうしてあたしがあたしであることを

忘れたまま時が流れていくんだ。





 そんなことがわあっと押しよせてきて、

それをふりきるように

あたしは再び砂を掘りはじめた。


 おりがみでもいい、

ちっぽけなビー玉でもいい、

何か出てきてよ。

何にもないなんて、そんなのいやだ。


 砂をかきわける。

 かきわける。

 もうすこし! もうすこし!

もう少し掘れば、きっと何かある!


 指先がじんじんと痛む。

 それでも堀りつづける。

 堀りつづければあたしはなにかを

つかむはずだ。

そしてそれはビー玉でもおりがみでもない、

キリンだ。

ひょろりと首の長いキリンだ。


 キリン、キリン、キリンキリンキリン……

 意地をはったおばあさんみたいに

つぶやき続ける。

 背中が、じわっと汗ばむ。


 キリン、キリン、キリンキリンキリン……

 指先の感覚がない。

それでもあたしは掘った。

掘り続けた。


 疲れと体にこもった熱で

頭がぼうっとしてくる。




ストーリーをお読みいただき、ありがとうございます。ご覧いただいているサイト「STORYS.JP」は、誰もが自分らしいストーリーを歩めるきっかけ作りを目指しています。もし今のあなたが人生でうまくいかないことがあれば、STORYS.JP編集部に相談してみませんか? 次のバナーから人生相談を無料でお申し込みいただけます。

著者の山崎 理恵みりえさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。