第七十二章 こうやって、英検1級に合格しました

第七十二章
「こうやって、英検1級に合格しました」

Youtubeやブログにいろいろ言ったり書いたりしたけれど、ザックリ言うと目の前のことを全力でやったということ。具体的には、日本生まれの日本育ちのため高校までは「受験勉強」をやっただけ。

「受験英語ができても英語は話せない」
 と言うのはそのとおりだと思うけれど、役には立つ。
 大学入学後は、大学のLL教室やらネイティブのクラスやらに出席したけれど身につかず。ECCに通ったけれど暗記ばかりで身につかず。リンガフォンをやっても、NHKを聞いても身につかず。
 それで、最終的には「留学」しか選択肢がなくなった。それで、アメリカでどんな生活を送っていたかをチョット詳しく書くことにする。留学しても英語が身につかない人も多いのだから、参考になるかもしれない。
 まず、留学先だがユタ州を選んだ。それも田舎。モルモン教徒が多いので治安が良く、田舎には日本人がいないと聞いていた。日本人が多いと、いつも集まって英語が身につかないと聞いていた。
 そこで
「毎日、何をやっていたか」

 だ。朝起きたら、家族と朝食をとって中学校へ向かう。中学校では、facultyroom で教師たちとおしゃべりしながら、教室へ。教室ではアジア人が珍しいらしく話しかけられることが多い。もちろん、これ全て英語。

 最初はスラスラいかない。だから、身振り手振りとカタコト英語で切り抜ける。私は少林寺拳法ができて、ジャッキー・チェンとテレビに出たことがある。ヌンチャクも使える。そういう話題は中学生にはウケたのだ。
 それで、午後2時半に学校が終わると帰宅。その後は、キリスト教会のパーティやら仲間とあちこち連れて行ってもらった。キャンプや、ボート遊びや、水上スキーや、プールや、スポーツ大会や。もちろん、それ全て英語で語り合い。
 夜は、必ず英語で日記をつけた。日記をつけながら、その日に覚えた単語や言い回しを確認していった。3ヶ月もすると、英語で夢を見た。半年もすると日本語を少し忘れた感じがした。全く使わないからだ。
 夏休みには、中学生と一緒に英文タイプの授業をとってタイプができるようになった。手紙や日記をタイプで打ったりした。夏休みは3ヶ月ほどあったので、カリフォルニアに旅行に出かけた。途中で一緒になった日本人男性二人と三人旅だった。
 全く知らないお店に入って英語が通じる感じがした。とんでもない遠い所に来ている実感があった。1年くらい経つと
「もはや英語でコミュニケーションは困らない」
 という自信があった。自信満々で帰国した。でも、英検の教本を見たら知らない単語が続出。
「なんだ、コレは!」
 と憤りを感じた。
「こんな単語は必要ない」
 と思った。しかし、公的な資格なしでは何のためにアメリカに行ったのか分からない。だから、結局「英検1級」の過去問を周ほどやるはめになった。そして、帰国後3年目で合格した。
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