第七十八章 ボクはどうして京大を7回受けたのだろう?

第七十八章

「ボクはどうして京大を7回受けたのだろう?」

  直接の理由はA子ちゃんだったが、経緯はもう少し複雑だ。

私は教師が嫌いだった。だから、大学を卒業して塾で勤務を始めたら、突然「教壇の向こう側から、こちら側」になってしまった。違和感があった。嫌いだった教師と似た立場になったからだ。せめて、マシな講師になりたかった。

それに、高校を卒業する18歳くらいで将来を決められるのは納得いかなかった。文系、理系と決めつけられるのには納得がいかなかった。AランクからFランクまでランク付けされるのに納得がいかなかった。

私が教師が嫌いなワケは、英語も話せないのに英語を教える姿勢。自分では難関校が合格できる力がないのに、生徒の前では上から目線で話すこと。だから、私は英検を受ける生徒がいたら、自分で受けて合格してみせる。京大受験生を指導するのなら、京大を受けて合格レベルにあることを成績開示してみせる。

それくらいは礼儀だと思った。

文系人間と分類されたことも覆しておきたかった。生徒が数学の指導を依頼してきたので、良い機会だと思った。それで、数学1A、2B、3Cを独学し始めた。

「やっぱり自分は文系人間だ」

 と思うこともあったが、A子ちゃんもいたし、子供がいて経営を維持しなければならないし、諦めるわけにはいかなかったのだ。それに、なんと言っても楽しかったのだ。高校の時は「卒業までの3年間」と期限を切られたので落ち着いて勉強できなかったのだ。

 私は学校も嫌いだ。自分のペースで勉強できない。

 オリジナル、チェック&リピート、1対1、赤本を2周ずつやった。Z会は8年間研究した。京大模試は10回受け、センター試験は10回受けた。京大二次試験は7回受けた。徹底的に研究し尽くした。

 私は自分も信用していない。客観的なデータしか信用しない。それで、実際に体験して経験値を得ようとしたのだ。すると、分かる人は分かるらしく、地元の高学力の子が集中して来てくれるようになった。

50代のオジサンが高校生に混じって「京大模試」や「センター試験」を受けるのは奇妙な光景らしい。京大受験生に混じって「京大二次試験」を受けるのも、おかしな光景かもしれない。

 しかし、受験指導に真剣に向き合うと当たり前の行為だと思っていた。ただ、優秀な生徒の支持が広がり、京大医学部、阪大医学部、名大医学部などの合格者が出始めて

「これでよかったのかも」

 と思った。

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