人生は思い出のマーニーのように…

 二日前。丁度見かけたビデオ屋さんに入って、ジブリの思い出のマーニーを借りてきて見た。


ネタバレをしたくは無いので内容は書きませんが、見初めて39分40秒の所で感極まって泣いた。


父が死んで母の前で一度だけ泣いて、あとは決して人前で涙を流していない僕ではあるが、一人で見ていて良かった。


あれは泣く。特に心に傷を持ってる人によっては、同じ気持ちになって泣くであろう。そして是非子供に見せてあげたくなった。


そんな感動が詰まっていた。


僕の人生は決して自慢できたもんじゃない。馬鹿で愚かで嘘つきで自分が大嫌い。そんな自分の心を解放してくれる映画だった。


もうネタバレしちゃってるのかな?(笑)


死んだ父にも見せてあげたかった。


人生は思うようにいかない方が多いけど、決して捨てたもんじゃない。


誰もが神様に愛されて産まれて来た。この世に生まれた瞬間から大変な苦労を背負い込むことになる人間の世界ではあるが、僕は仕事上一人きりで作業することが多い。


書くことが仕事であるので、音楽を聴きながら、作業することが多い。


孤独は感じない。


孤独が大好きである。


でも本当はすっごい寂しがり屋。


矛盾してるのであるが、矛盾が多いほど人間は考える。この矛盾をどうしたら突破できるかを…。


大昔は笑ってる事が多かった。気付けば友人は周りに集まっていた。


でもいつの日からか、友人の作り方が分からなくなっていた。


世間一般で言う欝とも違う。


だって昔の友人とは大笑いしながら話せるんだもん。


高校生時代に友人と呼べる人間は一人しか居なかった。お弁当はいつもその友人と食べていた。高校生ってすっごい難しい。


中学生までは小学校から自動的に同じ学区に上がるからいいんだけど、高校はいたる所から集まる。


その友人も今じゃあ行方不明。高校を卒業して大学が違っていたから、疎遠になってしまった。結局、中学時代の友人と同じように孤独を感じてる人間が自然と周りに集まるようになっていた。


人は同じコミュニティーや共通点を探して、友達関係を続けていくのだろうか?僕には良く分からない。


今の友人たちは大学時代の先輩や、友人の紹介で知り合った67歳の母と同世代の友人である。その人とは毎日電話している。共通点はほぼ無い。でも仲良しである。女性とは話さない。何か女性は離婚した後怖くなってしまった。男性は怖くは無いが、飲み会などに参加しないので仲良くならない。このまま行ったら、中学時代の友人と、兄貴よりも年上の親友しか残らない。


でもそれで良いと思ってる。親友と呼べる人間が一人でも居ればいいのである。そしてなるべくなら最初に召されたいと考えてる。


見送るのは嫌だ。親友と思っていた友人が33歳で二人死んだ。二人とも原因不明だということであるが、急に音沙汰がなくなって気付いたら亡くなっていた。


見送ることも出来ずに、お線香を上げに行った。


長生きだけが人生ではないと思ってる。いかに毎日が充実してるかの方が大事だ。


離婚後子育てに参加できない自分であるが、子供に見送られて死んで生きたい。決して見送ることは嫌だ。


子供が幸せになっていく姿を天国から眺めながら楽しんでいきたい。(笑)


昨晩早速、思い出のマーニーを67歳の友人に見せてあげた。感動してくれた。世代を超えた作品である。


人生は誰かが導いてくれている。それはご先祖様や、亡くなっていった父かも知れない。神様ももちろん導いてくれている。


誰かに導かれながら見守られながら人は生きていく。あまりしないのであるが、家事の手伝いもしながら生きて行こうと思ってる。


年老いて身体に障害を抱えてる母を一日でも早く、治るように健康を祈りながら二カ年計画で旅行に連れて行こうと思っている。


自分をこの世に導いてくれた母や父に感謝しながら、毎日を過ごしていきたい。


今でもまだ生きてる、93歳の祖父ちゃん。また遊びに行きたいと思ってる。母を連れて。妹も連れて。


家族は何にもまして大事にしなければならない。親友たちも同時に大事にしなくてはいけないと考えてる今日この頃だ。


人生が「思い出のマーニー」のように感動で包まれることを祈って。

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