「俺は早稲田、お前は獨協」そこから始まるNYの投資銀行マンへの道

1 / 5 ページ

「俺は早稲田、お前は獨協」私が大学を卒業して、新入社員として入社した中小証券会社で、上司から言われた言葉です。


当時の証券業界は不況で、「掃(は)きだめの証券業界」と言われていました。就職活動で行き詰まった大学生が、最後に行ける業界でした。ノルマ、ノルマの連続で、営業5年で「倫理観がマヒする」と言われる厳しさでした。





私は、高校の英語の先生から、「英語を学ぶなら、東京に行きなさい。そして、聖書を読みなさい。」と言われ、獨協大学に入学しました。第一志望の青山学院大学に一浪しても入れませんでした。立教大学、明治学院大学、どれもミッション系の大学で、私には憧れの的でした。


将来は田舎に戻って、高校の教師になる予定でした。しかしながら、教育実習をやってから、自信がない自分に気づきました。そして、ちょうどその時、すでに上京して働いていた妹が、勤務1年目で思い悩み、田舎の高校の進路指導の先生へ相談に行ったのです。「私は、会社勤務経験がない。大学を卒業して、すぐに教師になった。だから、あなたの相談には乗れない。」それを聞いた妹の落胆は、ひどかったです。


私はそれを知って、「教師になるなら、2、3年会社勤務を経験してからでもいいかもしれない。妹のような生徒の相談に乗れる先生になれる。」そう思って、就職活動をしていました。しかしながら、まったく企業研究もしていない私に、社会はそんなに甘くはありませんでした。


「新聞も読んだことがない。」「政治や経済には、まったく関心がない。」そんな私に残っていたのは、スーパーストア業界と証券業界でした。格好良さを求めて、損保業界に行こうと考えましたが、「損保」と言う漢字が書けないほどの知識もありませんでした。ろくに勉強して来なかった私には、「こんな業界しか縁がないのか?」とため息が出るほどでした。


面接では、人事部長がしつこく聞きました。





「君は、英語学科の学生として、英検1級を取ると言う責任は感じていないのか?」

「いいえ、全く感じていません。私は、英語で聖書を勉強したのです。聖書を勉強するのに、英検1級は関係ないからです。」


そこで、社長が口を挟みました。


「聖書か?それは、証券会社とは関係ないな・・・」


面接で言いたいことを言った面接者は、珍しかったのです。そして、幸運にも社長に気に入られました。


当時の新入社員16名の中で、唯一本社に残ったのは、私だけです。そして、支店のノルマから解放されたのです。それから、私は、3ヶ月の研修のあとで、「国際部」に配属されました。国際部は、当時では「international」という部署で、花形と言われていました。支店で10年の営業経験があり、トップを取れた社員が、英語試験を経て配属される所でした。


そこに私は、新入社員として簡単に入れたのです。英検2級取得が当時では合格が難しく、取得者が少ない時代でした。私は、合格していたことも幸いしました。


その配属先では、「いじめ」の連続でした。社内の懇親会では、酔ったほかの部署の管理職が寄って来て、


「お前は、甘いんだよ。実務をやれ!」


みんな嫉妬の目で、私を見ていました。


そして、「新聞を読んだことがない」私が、上司に連れて行かれた経済セミナーで、上司が寝ている間に「内容をまとめておくように」言われ、国内経済の伸び率の予想を紙に書き留めることなど、至難の業だったのです。


みんなの読んで良かった!